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じっちゃん

Author:じっちゃん
翻訳家。
もとコンピュータ技術者。二足の草鞋で翻訳を始め、定年後フリーランサーに。
【趣味】
①読書:ミステリを中心に時代・歴史小説、歴史や科学などのノンフィクション
②四国遍路(2015年11月結願)
③街道歩き(現在敢行中)
④SNS(ブログ、Facebook、Line)
⑤観劇
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結願しました



 11/8(日)から第5回四国遍路を敢行、13日目の11/20(金)に無事戻ってまいりました。定年退職後の2013年3月から開始した四国遍路も、今回をもちまして見事(!)完結とあいなりました。(冒頭の写真は完結したマイ四国遍路地図)

 遍路から戻ったら詳しいレポを書くつもりでいたのですが、今はそれだけの気力体力がないので、まずはごく簡単に概要を書いて、(その気があれば)おいおいつけ加えていく形を取りたいと思います。


(冒頭の写真のうち、今回回ったところだけを拡大したもの)

 初日の11/8(日)は新幹線で東京から岡山へと移動。そこからローカル線で児島へと移動してプチ観光を楽しんだ後、特急しおかぜで新居浜へ。

 翌11/9(月)より、前回遍路を中断した新居浜から遍路を再開。以後11/15(日)までに、新居浜市、四国中央市(ここまで愛媛県)、三好市(徳島県)、観音寺市(ここから香川県)、三豊市、善通寺市、多度津町、丸亀市、宇多津町、坂出市、高松市、さぬき市と回り、この間65番三角寺(四国中央市)を皮切りに、85番八栗寺(高松市)までの21札所を打った。

 そして迎える11/16(月)、結願の日。さぬき市にある86番志度寺、87番長尾寺を打ち、いよいよ結願の道へ。途中前山ダムほとりにある前山おへんろ交流サロンに寄り、遍路修了証(四国八十八ヶ所遍路大使任命書)をもらう。

 ここから88番に向かうには4つのコースがあるが、そのなかで最も短くて、最も時間がかかり、最も大変で、最も人気がある女体山越えのコースを選ぶ。このコースは女体山山頂近くの難所が有名である。

 それは聞きしにまさる難所であった。大きな岩がごろごろと並んでいて、まるでロッククライミング場。いや「まるで」はいらない。四つん這いになって岩にしがみつきながら、両手両足を使いながら登っていかないといけない。まさにロッククライミングである。これが雨の日だったらとぞっとする。



 それを登りきると女体山山頂。そこでは素晴らしい景色が待っていた。高松を含む東香川を一望する雄大な景色。山頂で一緒になった子ども連れのハイカー(男性)の話では香川でも有数の絶景だそうだ。 



 さて、女体山を下りればいよいよ88番大窪寺である。高名の木登りの故事にならい、最後になって転倒して怪我し「九仞の功を一簣に虧く」ような真似にならないよう慎重なうえにも慎重を重ねて山を下りていった。

 そうしてたどり着いた大窪寺は紅葉が真っ盛りだった。ことに二天門近くの紅葉は見事。そんな紅葉を眺めながら、最後のお参りを済ませた。



 こうして結願を果たしたのだが、案の定と言うか予想どおりと言うか、達成感のようなものはほとんどない。「あ、終わったか」てなもん。まあ、こんなもんなんでしょうね。

「簡潔に」と言いながら、悪い癖で文章が長くなってしまったので、残りはほんとうに簡潔に。

 結願してもそれでは遍路は終わらない。遍路の輪をつなげて完成させる作業が残っている。88番大窪寺から1番霊山寺まで歩いて輪っかを完成させるとともに、1番にお礼参りをする。さらには、和歌山まで足を伸ばして、弘法大師のお住まいになる聖地高野山へもお礼参りする。1番へのお礼参りに2日、高野山へのお礼参りに2日かけて、ようやくマイ四国遍路は完了となった。

 最後の写真は、最初から最後まで四国遍路を共にしたリュックとチェストバッグ。長いことご苦労様でした。今度はどこに出かけようか。



※今回はとにかく天候がよくなかった。13日中5日が雨で、5日が曇り、晴れたのは3日だけ。1日中すっきりと晴れたのは1日だけだった。しかしそれが結願の日だったというのは幸運だった。

【付録:四国遍路の総まとめ】
①2013/3/24~4/3(11日間、うち遍路10日間)
 ・1番霊山寺~23番薬王寺
 (鳴門市板東駅→室戸市佐喜浜町ロッジおざき)
 ・249.5km/383,901歩
 ※計画では4/7日までの15日間で高知市まで行く予定だったが、足首の痛みが激しくなり腫れてもきたので、途中で断念。

②2013/10/13~10/23(11日間、うち遍路9日間)
 ・24番最御崎寺~37番岩本寺
 (室戸市佐喜浜町ロッジおざき→四万十町窪川駅)
 ・239.4km/368,308歩
 ※計画では10/26日までの14日間で四万十市中村駅まで行く予定だったが、天候不順のため前途断念。

③2014/3/22~4/4(14日間、うち遍路11日間)
 ・38番金剛福寺~43番明石寺
 (四万十町窪川駅→西予市宇和町卯之町駅)
 ・259.2km/398,769歩
 ※初めて計画通りに消化。3/25は丸一日四万十川の観光(サイクリング)に当てた。

④2014/11/9~11/21(13日間、うち遍路11日間)
 ・44番大寶寺~64番前神寺
 (西予市宇和町卯之町駅→新居浜市新居浜駅)
 ・277.3km/426,680歩
 ※計画通りに消化。

⑤2015/11/8~11/20(13日間、うち遍路10日間《高野山参りは除外》)
・65番三角寺~88番大窪寺~1番霊山寺~高野山奥之院
 (新居浜市新居浜駅→高松自動車道鳴門西バス停→大阪難波→高野山)
・275.6km/424,012歩

◆総 計◆
 ・所要日数(実質的に遍路した日のみ): 51日
 ・歩行距離/歩行数: 1,301km/2,001,670歩

(注)
④と⑤の間に幻の5回目(2015/4/2~4/9で計画)があった。尾道まで新幹線で行って尾道で一泊、2日目に自転車でしまなみ海道を渡って四国に入り、四国遍路を開始するという計画だったのだが、初日(在尾道)の夕方から大雨が降りはじめ、翌日も雨。しまなみ海道サイクリングがふいになっただけでなく、その週ずっと天気予報がよくないという状況に前途を断念。予定をすべてキャンセルし、2日目に帰京してしまった。
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四国遍路⑤ 行ってまいります。

 今日(11月8日)から(20日まで)四国遍路に出かけます。
 
「お遍路中は、これまでとおり、敢行中の様子を随時本ブログにてレポートする(FacebookとLineにもシェアする)予定」などと書きましたが、お遍路に専念するため、それはやめることにしました。(ただし夜、宿で寝る前に状況報告することはあるかもしれません。)

それでは、行ってまいります。

四国遍路⑤ 明日から四国遍路に出かけます

 

 すでに予告しているとおり、明日11月8日から20日まで13日間の日程で、5回目にして最後の四国遍路に出かけます。

 

 繰り返しになりますが、今回は愛媛県の東端・四国中央市の65番三角寺を打ち初めに、そこから香川県へと突入、香川県の22の札所を打った後、最後の札所88番大窪寺を打ってめでたく結願となります。その後1番札所の霊山寺、さらには大師さまがいらっしゃる和歌山県の高野山へとお礼参りに行き、それで四国遍路は完結。東京へと戻ります。最後だけに何らかの感慨ありやいなや?

 

 お遍路中は、これまでとおり、敢行中の様子を随時本ブログにてレポートする(FacebookとLineにもシェアする)予定(挫折するかも(^^;)。1日数回、ときには10回以上に及ぶこともあるかもしれませんので、「うるさい!」と思った方はスルーしていただいて結構です。でもでも。もしお差し支えなければ、愛の心をもって、拍手、「いいね」、そしてときおりコメントなどしていただけると、大変励みになりますm(_ _)m

 

【おまけ】

20141113105213057.jpg(4回目(去年の11月)のときのお遍路の様子です)

四国遍路⑤予告編

IMG_20141122_034602_756_convert_20141122040755.jpg
(クリックすると拡大します)

 来週の日曜日(11月8日)からまた四国遍路に出かける。

 四国遍路は、定年退職翌年の2013年3月から始めた。本来であれば、八十八ある札所を1回ですべて回りたい(これを「通し打ち」と言う)ところだが、それには通常1ヵ月半ほどかかる(1周1200キロ弱)。仕事もあるので、それは難しい。そこで、何回かに分けて回る「区切り打ち」という方法を選択し、毎年春・秋の2回、1回あたり2週間弱の日程で回っている。

 当初は4回で結願(けちがん)する予定だったが、台風やらアクシデントやらで途中断念しなくてはならないことが2回あってそれはかなわず、5回目の今回でようやく結願となる。実は、途中断念した今年の春もいれれば6回目なのだが、あのときは尾道に着いたところで天候不順のため前途を断念し、四国に一歩も足を踏み入れていないので、勘定には入れられない。よって今回が実質5回目となる。(過去4回で回ったところは、冒頭の写真に示してある)

 今回は愛媛県の東端・四国中央市(新居浜があるころ)から歩き始め、最初に65番三角寺を打ち、そこから香川県へと突入、徳島との県境にある66番雲辺寺を打ち、さらに巡礼を続けて最後の札所88番大窪寺でめでたく結願となる。しかし遍路はそこでは終わらない。

 四国遍路は普通、徳島にある1番札所(霊山寺)から初めて高知、愛媛、香川と回り、88番札所で結願となるのだが、そこで終えてしまうと、88番と1番の間は歩かないことになる。つまり、輪っかが完成しない。だからお遍路さんの多くは、88番から1番へと回って輪っかを完成させる。1番をもう1度打つことを「お礼参り」と言う。

 だがだが、お遍路さんは貪欲だ。そこでも遍路を終えない。1番から四国を出て和歌山へと渡る。和歌山には何があるか? そう、四国遍路の創始者にして総元締め弘法大師が眠る聖地・高野山だ。高野山へお礼参りしてようやく四国遍路は完成となる。

 もっとも、88番でやめてしまう人もいれば、1番までは行くが高野山へは行かないという人もいる。しかしぼくは欲張りなので、フルスペックで行く。しかも88番から直接1番へ行くのではなく、3番に出て3→2→1と逆打ちで回る。遍路を始めたころを思い出して少しばかり感慨にふけりたいからだ(3番ではなく10番に出て10→9→……→1と回る人もいる)。

 11月8日に東京を出発して、16日に88番を打ち終え、1日置いて18日に1番をお礼参り。そこから大阪を経て高野山へと向かう。19日に高野山をお参りし、高野山の宿坊に一泊した後、翌20日に東京へと戻ってくる。全部で13日の行程であり、四国内を歩く10日間で地図上の距離にして約240キロを歩く。

 旅行ではその土地土地の食べ物を食べるのが楽しみのひとつだが、今回は行程のほとんどが香川県。となると、もう言うまでもあるまい。讃岐うどんを死ぬほど食べてこようと思う。

遍路旅最終日

 2日目にして遍路続行を断念して帰京。

 楽しみにしていたしまなみ海道自転車走破(2日目)が雨で無理になったのをはじめ、全遍路中最高峰の雲辺寺(標高900m)へ登る4月5日も降水確率80%(雨中900m級の山に登りたくなどない)なのに加え、遍路最終日の前日(4月8日)までずっと天気予報が芳しくない。このまま続けても遍路を楽しめないと判断した。

 遍路は修行だから雨でも何でも強行すべしとの説もあるが、私めの場合なにしろナンチャッテお遍路ですから。

 今治のホテルに送ってあった荷物は、ホテルにキャンセルの連絡をするとともに、図々しく「家に送り返してくれないか」と依頼して快諾してもらった。また泊まってやらにゃいかん。

 ただ、このまま帰るのもしゃくなので、途中倉敷に寄って有名な美観地区(江戸、明治、大正の建物が残っている)を見物することにした。以下、その写真。

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 倉敷川沿いに古い商家や洋館がずらっと並ぶ。

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 桜も見事。

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 古い建物が残るのは倉敷川沿いだけだと思っていたら、その周辺もこんな感じ。その広さは数百メートル四方に及ぶと思われる。その規模に圧倒された。まさに壮観のひと言。

 こじゃれたお店も多く、女性ならいっそう楽しめるだろう。

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 美観地区内にあるアイビースクエア。旧倉敷紡績=クラボウの工場をホテルに改装したもの。これも壮観。

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 アイビースクエアの中庭。名前が示すとおり、建物の壁にはツタが絡まる。

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 アイビースクエアの中にあった可愛い洋館。

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 アイビースクエアに向かう途中でこんな面白いものも見つけました。

 昼前から予報どおり雨が降りはじめた。昼食も倉敷で取るつもりだったが、雨も降ってきたことだし、食べ物に名物らしい名物も見当たらないので、観光を切り上げて、岡山へと行き、駅構内で昼食を取った後新幹線で東京へと帰った。

 倉敷は素晴らしかった。一見の価値ありである。

 さて、遍路の続きはいつやるか。秋に予定している第6回目にくっつけてやるしかないかな。

遍路旅初日(追記)



 夕食はホテル近くのお好み焼き屋さんへ。尾道焼きというのがあったので頼んでみた。



 これが尾道焼き。広島焼きに似ているが、砂肝とレンコン、かまぼこなどが入っているのが特徴。ちょっとわかりにくいが、写真のお好み焼きの左上に砂肝が覗いている。

 食べた感想。砂肝はアイデア倒れ。お好み焼きとハーモニーしていない。レンコンは悪くないが、ちょっと量が多すぎる。かまぼこは存在感が薄い。

 でもお好み焼きそのものは美味でした。

P.S.
明日の雨の確率がどんどん上がり、今は80%(泣)。もうしまなみ海道走破は無理かもしれない。ていうか、明日以降6日まで雨確率60%以上、それ以降も40%で、晴れの予想は帰宅予定の9日から(泣)。遍路そのものをあきらめた方がいいかもしれない。明日今治のホテルまでは行かないといけない(荷物を宅配で送ってある(泣))ので、明日今治のホテルで考える。

遍路旅初日

※スマホからの入力なので、簡潔でぶっきらぼうな文章になります(明日以降も同様)。ご了承ください。※

 尾道に来た。

 前回遍路を中断した新居浜ではなく尾道に来たのは、自転車でしまなみ海道を渡って四国に行きたいという思惑があったから。

 四国に渡るのは明日。今日は尾道観光。



 尾道と言えばこれ。尾道ラーメン。有名な喰海にて。

 腹も満ちたので、桜で有名な千光寺公園へ行く。



 尾道は名にしおう坂道の町だ。



 千光寺から尾道港を望む。



 千光寺公園の桜その1。



 千光寺公園の桜その2。

 尾道は観光地もさほど多くなく4時間ほどで見終ってしまい、15時少し前にホテルへ。チェックイン時間前だが、部屋に入れてもらう。

 明日はいよいよしまなみ海道だが、天気予報がよくない。何とかもってくれるといいのだが。

行ってまいります

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(写真は近所の公園。記事の内容とは関係ありません)

 今日から四国遍路に出かける。

 春のお遍路は桜も楽しみのひとつなので、桜の開花が平年より早いのが若干誤算(もう満開通り過ぎてるもんなあ)。

 また天気予報がよくないのも気になる。尾道から今治までしまなみ海道を自転車で走る予定の4月3日だけでも天気がもってくれるといいのだが。ただ、大雨にはなりそうもないのが救いか。まあ、天気のことを気にしてもどうにもならない。すべて受け入れて楽しむしかない。

 遍路の「リアルタイム中継」はやっぱり断念することにした。前回の遍路でそのことについてお大師様の警告を受けた(と受け取った)ばかりなのに、すぐそれを反故にするのもいかがなものかと思うし、それにブログへのアップに気を取られているとお遍路そのものが楽しめなくなってしまうので。

 もっとも、「生」ではなく「録画」中継ってことはありうる。

 ともかくも行ってまいります。そうそう、東京に戻るのは4月9日の予定です。

次はこれに挑戦しようかな

三陸遍路みち

四国遍路が終わったら、今度はこれに挑戦しようかな。
岩泉から南三陸へ復興祈る遍路みち

いよいよ結願!?~四国遍路(5回目)計画中~その2

高野山奥の院
(上の図は、前回掲載したマップと対になっている、高野山奥の院のマップ。この図の左端と、前回の図の右端が重なります。なお、この図はクリックすると拡大します)

前回からのつづき)

 前回は、今年高野山が開創1200年を迎えて各種イベントが行われることを知って「えっ!」と思ったところまででした(※)。

※ 前回は「だである」調だったのに、今回は「ですます」調になってます(^_^;) 統一感ゼロですが、直すのも面倒なので、このままにしときます。

 その続きを書く前に、前回言い忘れていたことがあります。いつもは3月下旬から4月上旬にかけて行くのですが、今年は4月上旬から遍路を始めます。というのは、母校が春のセンバツに出場することになり、テレビで観戦するのはもちろん、甲子園にも行こうという目論見があるためです。

 高野山のニュースを聞いてぼくが「えっ!」となったのは、「こりゃ、高野山混むかも」と思ったからです。真言宗の総本山で100年に一度のイベントが行われるとなれば、観光客はもちろん、全国から真言宗の僧侶が押しかけて来るでしょう。となると、宿坊を早めに予約する必要があるかもしれません。

 慌ててそのイベントなるものを調べてみました。すると、4月2日から5月21日にかけて毎日大法会が開かれることが分かりました。まさに私の行く時期がすっぽり含まれています。「こりゃヤバイ!」と思い、続いて高野山の各宿坊の空室状況を調べてみました。

 高野山の宿坊には、ネット上で空室状況を公開している所といない所があります。ネット上で空室状況が分かる所を片っ端から当たってみると……。

 なんとまあ、当たる宿坊、当たる宿坊ことごとく、4月2日から5月21日の期間ずっと空室ゼロ----空室カレンダーにずらっと×印が並んでいるのです。10カ所以上調べましたが、全部そう。想定以上の事態です。

 もっとも、だからと言って、その時期は宿坊に泊まれないかというと、必ずしもそんなことはないかもしれません。高野山の宿坊の予約を一手に引き受けている高野山宿坊協会というのがあって、そこに申し込めば、空いている宿坊を探してくれるので、空きが見つかる可能性も少なからずありそうです。

 でも、“何となく”そこに申し込む気になれませんでした。希望の宿坊に泊まれないだろうとか、泊まれたとしても高野山が混雑するだろうとか、いろいろ理由はありますが、それより何より、出鼻を挫かれてしまったというのが大きいように思います。

 というわけで、計画を再検討することにしました。主な選択肢は、①このまま強行する、②時期をずらす、③高野山へのお礼参りだけ別に実施するの3つです。作った計画表とにらめっこしながら、あれこれ悩みましたが、①~③のいずれもしっくりきません。

 悩んだときは原点に帰れで、ガイドブックや遍路体験談を再び取り出して、読み返してみました。そうしているうちに、あることに気づいたのです。

 遍路では桜や紅葉を見るのも楽しみのひとつで、それもあって4月上旬や11月に行くようにしているのですが、今回回るルートでは、前半に桜の名所が多く(尾道、しまなみ海道、琴弾公園、丸亀城など)、後半に紅葉の名所が多い(五色台、栗林公園、大窪寺など)のです。ここから導かれる答えは・・・・・・もうお分かりですね。

 そう、④今回予定していたルートの前半のみを4月に実施し、後半を秋に回す----です。そうすれば遍路最後の年に、桜と紅葉の両方が楽しめ、しかも高野山宿坊問題も解決します(おそらく)。しかも、行程に余裕ができるため、寄るのをあきらめた観光地や行うのをあきらめたアクティビティを復活させることができます。旅費は少し追加になりますが、それを補って余りあるメリットがあります。

 というわけで、四国遍路は今回では結願とはならず、次回結願ということに相成りました。
(お・し・ま・い)
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