プロフィール

じっちゃん

Author:じっちゃん
翻訳家。
もとコンピュータ技術者。二足の草鞋で翻訳を始め、定年後フリーランサーに。
【趣味】
①読書:ミステリを中心に時代・歴史小説、歴史や科学などのノンフィクション
②四国遍路(2015年11月結願)
③街道歩き(現在敢行中)
④SNS(ブログ、Facebook、Line)
⑤観劇
管理者ページ

カテゴリ

openclose

お気に入りブログ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

う~んなところもある超面白小説~『マリアの月』



厚さ4cmはあろうかという大著ですが、最初から最後まで一気に読めます。その面白さ、リーダビリティには脱帽です。

知的障害を持つ、物言えぬ美少女・真里亜。才能がありながら暗い過去から立ち直れない天才画家・本庄敦史。2人が出会い、真里亜が絵画の才能を開花させていく。その過程だけでも読みどころ満載なのに、これに過去の殺人事件や現在の巨悪が絡んできてますます面白くなってきます。

そしてその過去の犯罪や巨悪を暴いていくのが真里亜の、絵画の才能に関係する、"特殊な"才能。これ、すごいですよぉ。そして、敦史や真里亜たちに対する敵役もすごい。すごすぎて眉につばをつけたくなるくらい(;^_^ A もう悪の権化みたいな連中です。彼らが本庄と真里亜にひたひたと迫ってきます。その迫り方も半端じゃありません。ものすごいシーンが続出します。もう呆然とするしかありません。

真里亜、敦史、それを取り巻く人々の人物造型も魅力的です。特に敦史の絵画の恩師がぐっときます。かっこよすぎます。

・・・とまあ、絶賛みたいな形になっていますが、不満もあります。それも大きな不満が。

筆遣いは、端整といってもいいくらいの、抑制されたリアリスティックなものだし、敦史や真里亜たちのパートの描写はリアルなのですが、一方で敵役とその悪の構図があまりにマンガチック。もう、それが明らかになった時点で本を投げ出そうと思ったくらい。でも、そこまで読んできた敦史と真里亜の物語が面白かったし、続きが気になるので何とか踏みとどまりました。

アクションシーンもありえねえ~って感じ。007やゴルゴ13のようなシーンが続出します。一般人にとうていあのアクションができるとは思えません。しかも法律無視。あれで、なんのお咎めなしってのも信じられません。

とまあ、最後はけちをつける形となりましたが、そこんとこさえ気にならなければ、あるいは我慢できれば、冒頭にも書いたように抜群に面白い小説であることは間違いありません。

【じっちゃんの誤読的評価:★★★】
スポンサーサイト

"かな"の誕生秘話~『日本語の奇跡』


「書き足りない・・・・・・。稿を終えての思いはそれに尽きる」・・・と著者は「あとがき」で書いています。では、「物足りない・・・・・・。読み終えての思いはそれに尽きる」・・・そう私は書きましょう。

世界に冠たるカタカナとひらがなの誕生物語ということで、とても期待してわくわくしながら読みました。ところが。

カタカナとひらがなが「なぜ」誕生せねばならなかったのか、そこのところはある程度書き込まれていてまずまず納得がいったのですが、もうひとつの、より大きな興味であるところの「どのように」誕生したのかということについての記述がいかにも不足しています。

また興味津々の「いろは」の誕生についても、「あれ?」と思うくらいさらっとした記述で肩透かしをくらいました。

唯一面白かったのは、五十音の配列が完成するまでの物語。私たちには当たり前と思われている「"い""え""お"があ行で、"ゐ""ゑ""を"がわ行」ということが全然当たり前ではなく、長いこと国語学上の謎であり、それを解決したのがあの本居宣長であるという事実には「へえ~」となりました。さらには、その本居宣長の解決法の見事さにうならされました。やはり宣長は天才なのだ。宣長の伝記が読みたくなりました。

【じっちゃんの誤読的評価:★★☆】

英語には1文型しかない?!~『英語力』


この本に対する評価は私の中で真っ二つに分かれています。最初読み出したときは「こりゃすごい!★5つの画期的な英語本だ」と思ったのですが、読み進めるうちに「ありゃりゃ」と首を傾げる部分がぼちぼちと出始め、最終的にどう評価していいかわからなくなってしまいました。★4つでもいいように思える一方で★2つしかあげられないような。そこんとこをお伝えできるかどうかわかりませんが、ともかくも説明いたしましょう。

著者は英語を苦手にさせる最大の原因は「現在の5文型に基づく英文法だ」といいます。動詞(V)の後に来るものが品詞によってOになったり、Cになったり、Mになったりする・・・これはおかしい、ヘンだと。このあたりの著者の主張(=5文型の異様さ)はすごく納得できます。

著者はさらに論を進めて、英語の文型はSVOPのひとつに集約できるといいます( ここでいうS・V・Oは通常の定義とは違っています。詳細は本に当たってください)。ちょっと強引かなあと思いつつも、ここも納得できます。この論に対してアマゾンのレビューでは「それほど独創的な考えではない。英語の思考方法を説明しているだけだ」という批判があり、それももっともな部分があるのですが、英語の思考方法を「SVOP」という体系にまとめあげ、5文型の対案として提示しているのはそれはそれで大したものだと私は思います。

その他にも、「動詞よりも副詞が英語の理解の決め手」「英語はSVOPになるように(抽象から具体へとなるように)語順を調節する」「単語の働きは品詞ではなく位置で決まる」などなど斬新かつうなづける論が展開されて、私は「目から鱗」の状態を味わうことができました。

ただ、はっきり言ってこの著者は説明が下手です。折角の斬新な理論なのに、説明が下手なためによく飲み込めないところが多いのです。著者はしきりに「これはなかなか受け入れられない難しい内容かと思われますが・・・」などと弁解していますが、理論が難しいのではなく説明が下手なのです。たとえ理論が難しいとしても、それをわかりやすく説明するのがプロというものではないでしょうか。

さらにいけないのは、首をひねらざるを得ない珍説(としか私には思えないもの)が散見されること。例えば、「beに存在の意味はない」「SVやSVOだけでは文になっていない」「英語は動詞と名詞の区別がほとんどない言葉」等など。

ということで評価は以下としておきましょう。

【じっちゃんの誤読的評価:★★★】
カレンダー
02 | 2008/03 | 04
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
全記事表示リンク
検索フォーム
コメント・TBについて

コメント・トラックバックをされる場合は注意事項をご覧ください。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。