プロフィール

じっちゃん

Author:じっちゃん
翻訳家。
もとコンピュータ技術者。二足の草鞋で翻訳を始め、定年後フリーランサーに。
【趣味】
①読書:ミステリを中心に時代・歴史小説、歴史や科学などのノンフィクション
②四国遍路(2015年11月結願)
③街道歩き(現在敢行中)
④SNS(ブログ、Facebook、Line)
⑤観劇
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著者のイメージと異なる伝奇的小説~『実朝の首』



 源実朝の暗殺事件にはいくつもの謎がある。その最大の謎は首が誰かに持ち去られ、最後まで見つからなかったことだ。本書はその謎を中心に据え、(私が勝手に抱いている)著者のイメージ(=藤沢周平的静寂な物語)とは異なる伝奇的小説に仕上がっている。

 この本は遍路の最中に読んだ。実は遍路中は夢枕獏の『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』全4巻を読破しようと思っていたのだが、巻ノ二を読み終えた後訪れた今治の書店に巻ノ三が置いてなく、その代りに買い求めたのが本書だった。

 しかし、それは正解だったのかもしれない。実朝には昔から(なんとなく)シンパシーを感じていたこともあって、いきなり実朝の暗殺から始まる冒頭から物語の世界に引き込まれた。

 史実に裏打ちされた著者の筆致は確かで、どこまでが史実でどこからが虚構なのか分からなくなる。しまいには全部が史実のように思えてくるが、著者のあとがきを読むと、その多くが著者の想像の産物のようだ。しかし、著者が描く実朝暗殺の真相は、さもありなんと思わせる説得力のあるもので、しかもいったん真相が明らかになった後に、さらに意外な真相が明らかになる構成もすばらしい。

 登場人物も魅力的で楽に感情移入ができる。ここらへんの作者の手腕はさすがだ。ひとつ残念なのは、史実に合わせるためだろう、主人公たちが作者の描く人物像にそぐわないように思われる行動を取る場面がみられること。

 しかし、主人公たちと北条家、鳥羽上皇との丁々発止のやり取りも面白く、スピーディで先を読ませない展開は、いったん読み始めたら止まらなくなること請け合い。
【じっちゃんの誤読的評価:★★★☆】

P.S.
 本書に出てくる北条政子が理想的なリーダー像そのもので、その立ち居振る舞いに感動させられた。北条政子の物語を読みたくなった。
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パソコンよ、お前もか!

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遍路途中でブログを一時休止にした理由《わけ》 その②

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 その①で、遍路中に私を襲ったアクシデントの顛末は書きましたので、ここでは、そのアクシデントがなぜブログ一時休止につながったのかを書きましょう。

 スマホの故障という最悪の事態を、地元愛媛の方の「お接待」(※1)で乗り切った私が真っ先に思ったのは、このアクシデントの顛末をブログに書かなきゃということでした。アクシデントで周章狼狽した自分の気持ちと、地元の方の感動的とも言える親切でその事態を乗り切ったことを、みなに伝えて共有しなきゃと思ったのです。

※1 遍路をしていると、地元の方がお茶やお菓子、果物、(ときにはお金)をくれたり、休憩所や無料宿を提供してくれたりしてくれます。これは遍路をお大師様(=弘法大師空海)とみなしてお布施してくれる古くからの習慣で、これを「お接待」と呼びます。

 でも、歩きながらスマホを取り出してブログにアクセスしようとしたとき、私は「待てよ」と思ったのです。「自分は何をしているのだろう?」と。

 いまや、遍路そのものを楽しむことよりも、ブログに記事を書くことが主になってはいないか。そもそも遍路とは、日常を抜け出して非日常の中に入り、ふだんの自分を見つめなおすことではなかったのか。それなのにいまの自分は何だ。非日常どころか、日常をひきずりまくっているではないか。ブログだけではない。食堂やコンビニを探すのにもスマホを使い、道に少し迷っただけでGoogleマップに頼ろうとする。旅の楽しさのひとつは、道に迷うことだというではないか。その楽しみを自ら放棄してしまっているではないか。

「そうだ」と思いました。今回のアクシデントは、スマホに振り回されて遍路に徹しきれないでいる私に対する警告なのではないかと。遍路の体験談を読んでいると、お大師様から警告や励まし、導きを受けたという話がよく出てきます。これがそれではないかと思ったのです。私は宗教的な人間ではまったくありませんが、そのときはその解釈がすとんと胸に落ちたのです。ともあれ、私はそう受け取ることにしました。というわけで……。

 ブログの更新はもうやめよう。スマホの食べログやコンビニマップを使うのはやめよう。Googleマップに頼るのもやめよう。そう決意したのです。

 これが、ブログを一時休止にしたいちばんの理由です。しかし他にもいくつか付随的な理由があります。

 ひとつ目は、スマホをこのまま酷使し続けていると、本当に壊れてしまうのではないかという恐れがあったこと。実は今回のアクシデントの前、スマホを落下させる前から、故障の兆候があったのです。操作中画面が揺れたり、スマホの本体が異常に熱くなったり、ウィジェットやアイコンが勝手に消えたり。

 ふたつ目は、遍路中もブログを更新しようとした、そもそもの目的に無理があったことです。私の当初の目論見は、ブログをリアルタイムに更新して、読者にリアルタイムで読んでいただくというものでした。それに関して、書くほうは、時間と手間を惜しみさえしなければ、リアルタイムで書くことはできますが、読むほうはそうはいきません。当たり前の話ですが、リアルタイムにブログを更新するというアイデアに酔っていた私は気がつかなかったのです。バカですね。

 みっつめは、ブログの更新に結構手間と時間がかかること。遍路の途中で休憩して、ブログを書いていると(あんな他愛のない記事でも)、気づくと30分、1時間と経っていたということがよくありました。手間はともかく(本人が楽しんでるんですから)、時間がかかるのは、それだけ目的地に到達するのが遅くなるので、遍路にとっては大きなマイナスです。

 こうして、ブログの更新をやめて、スマホに頼ることをやめると、正直解放感がありました。コンビニや食堂を見つけるのに苦労するようにもなったし、道にも迷うようになったけれど、その不安感やドキドキ感も確かに旅の楽しみのひとつだと思えるようになりました。やはり、スマホは使うもんであって、スマホに使われてしまってはだめですね。

・・・・・・と、カッコよく締めて終わりたかったところなんですが、懺悔話をひとつ。

 その後も、58番仙遊寺で山を降りる道を間違えたときなど、大きく道に迷ったときは、Googleマップに頼ってしまいましたm(__)m それから、いちばんいけないのは、Lineでの家族とのやり取りはやめられなかったことですorz

【追記】
 遍路から帰ってきてから、スマホを買い換えました。奇しくも遍路から帰る当日にソフトバンクで発売開始した(これもお大師様の導きかと。南無大師遍照金剛……)Xperia Z3です。写真の右側が今回問題となったスマホ、左側がXperiaです。Xperiaの方が旧機種よりひと回り、いやふた回りほど大きいです(#^.^#)

遍路途中でブログを一時休止にした理由《わけ》 その①

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 今回の遍路でブログを一時休業するきっかけとなったアクシデントについて書きます。話が長くなると思いますが、ご用とお急ぎでない方はおつきあいを。

 11月16日(日)10時頃のことです。53番円明寺を打ち終え、そのことをブログに書こうとしてスマホを手にしました。ところが、スマホでブログにアクセスしようとすると、「ネットに接続されていません」といったようなメッセージが出てアクセスできません。スマホの画面を見ると、アンテナが1本も立っておらず「圏外」となっています。これは変です。円明寺は街なかにあるので「圏外」なわけがありません。念のために、妻の携帯に電話をかけてみましたが、つながりません。一縷の望みをかけて電源オフ/オンしてみましたが、状況は変わりません。

 ここで思い当たることがありました。52番太山寺を出るときにスマホを地面に落としてしまったのです。そのときは異常に気づきませんでしたが、それが故障の原因に違いないと思いました。

 これは容易ならぬことになったと思いました。電話ができないのでは、宿の予約や変更ができません(※1)。最近は携帯電話の普及とともに公衆電話もほとんど見かけなくなっており、公衆電話はあてになりません。予約してある帰りの電車の変更も困難です。今になって思えば、パニックになるほどのことではないようにも思えるのですが、そのときは気が動転してプチパニック状態になっていました。

※1:宿は原則として2日前に予約することにしているので、行程中全部の宿を取ってあるわけではありません。また、歩いているうちに、予定がくるい、宿をキャンセルしたり変更したりしなければならないこともよく起きます。

 選択肢は3つありました。①遍路を中断する、②遍路を強行する、③ソフトバンクショップでスマホを修理してもらう…です。③については、そもそもソフトバンクショップを見つけるのが困難ですし、見つかったとしても、原因が原因だけに修理に何日もかかるはずです。すぐに選択肢から外れました。残るは①か②ですが、そのどちらかを検討するよりも何よりも、そのとき強く思ったのは、とにかく妻に連絡を取りたい、取って事情を話したいということでした。妻に話してもどうにもならないはずですが、そのときはとにかく妻に連絡を取りたいという気持ちで頭がいっぱいになっていました。

 しかし、妻に連絡しようにもスマホは使えないので、公衆電話を探さないといけません。地図を見ると近くにファミマがあるので、そこに行くことにしました。ところが、ファミマに着いても、公衆電話は見当たりません。店の人に聞いても「ない」と言うので、事情を話して「店の電話を貸してもらえないか」と頼みましたが、つれなく断られました。

 店を出て、地図を見ながら、まだ正常でない頭で途方に暮れていると、たまたま通りかかった中年の女性(アラフォー?)が声をかけてきました。聞かれるままに事情を話すと「じゃあ、ここで待ってて。今車検を終えた車を引き取りに来たところだから、その車で送ってあげる」と言います。どこへ送ろうとしているのか告げないまま、女性は私を残して通りの向こうへと消えました。

 やがて、その女性は車とともに戻ってきました。私が助手席に乗ると、女性はすぐに車を発進させます。しばらく走ったところで、私はずっと疑問に思っていたことを口にしました。
「あの、どこへ行かれるつもりなんでしょうか?」
 車は広い道を走っています。女性は言います。
「この道沿いに確かソフトバンクがあったと思うんよ」
 その選択肢はすでに捨てていたので、それを女性に告げようとも思いましたが、女性の親切に水を差すのがためらわれて、言い出せません。幸いまだ時間も早い(10時を少し回ったところ)ので、①か②にするにしても、時間はまだあるという気持ちもありました。

 恐れていたように、auやdocomoの店はあるのに、ソフトバンクの店はなかなか出てきません。「もう諦めて最寄りの駅に行きましょう」と言おうかとも思いましたが、思いとどまりました。やはり、時間が早いことと、車という移動能力の高いツールを手にしていることが大きかったと思います。

 そして、やがてソフトバンクの店が見つかりました。女性は私を店の前で降ろすと、「困ったらここに電話して」--名前と携帯電話番号を告げました。K池さんという方でした。お礼を言い、頭を下げる私を残して女性は車で去っていきました。

 店に入って事情を告げると(スマホを落下させたことはナイショで(^_^;))、対応してくれた女性は、もうひとりの女性と相談しながら、ああでもないこうでもないとスマホをいじり始めました。スマホがその場で直るとは思っていない私は、ダメもとで「場所が場所だけに、代わりの携帯電話を貸していただくわけにはいきませんよね?」と聞きましたが、案の定それはできないと言います。後は、一向に進展していない(ように思える)女性の奮闘ぶりをイライラしながら見ているしかありませんでした。

「電源を切ってもいいですか?」と聞いてきたので、「いいですよ。でも、それは何度もやりましたよ」と「そんなので直りっこない」という気持ちを思いっきりにじませて答えました。ところが。

 しばらくして、「一応直ったみたいです」と女性が言い、差し出されたスマホを見るとアンテナが立っています。女性は私のスマホを使って、もうひとりの女性のスマホに電話しました。すると見事につながったのです。

 私はキツネにつままれたような気分でした。しかし、からくりは単純でした。私は通常のやり方で電源オフしただけでしたが、女性は電源ボタンを数秒長押しする強制シャットダウンを行ったのです(恥ずかしながら、その方法は知りませんでした)。それでスマホはよみがえってしまったのです。「助かりました」と言うと、女性陣全員(実はもうひとりいて、全員で3人でした)が笑顔で喜んでくれました。

 時計を見ると、まだ11時前。私は遍路続行を決断し、店の女性にお願いしてタクシーを呼んでもらいました。K池さんに拾ってもらったファミマまで戻って遍路を再開するのです。タクシーを待つ間、女性陣3人はしきりに私に話しかけてくれて、おかげでタクシーを待っている間退屈せずに済みました。

 タクシーが来ました。店の3人はわざわざ店の外にまで見送りに来てくれました。お礼を言いながらタクシーに乗り込む私に3人は「道中ご無事で」と声をかけてくれました。タクシーでファミマに戻る途中でK池さんに電話をかけて、無事スマホが直ったことを伝えました。そのときちょっとK池さんと話がかみ合わず、十分感謝の気持ちを伝えきれなかったのが、今でも心残りです。

 ファミマに戻った私は遍路を再開しました。時に11時12分。1時間強程度のロスで済んだので、挽回は十分可能でした。

 結果として私は最善の選択肢を取ったことになります。すべてK池さん、そしてソフトバンクのみなさんのおかげです。スマホのアクシデントは(当時の)私にとって、パニックになるほどの試練でしたが、そのおかげで、このような温かい親切を受けることができました。求めても得られない貴重な体験であり、まさに「災い転じて福となす」とはこのことです。

※話が長くなってしまって力も尽きてきたので、今回はここまでとして、ブログを一時休止にした理由《わけ》については次回ということにさせてください。
※写真は52番太山寺です。本当は53番円明寺の写真を載せたかったのですが、アクシデントのおかげで、1枚も写真を撮っていないのです。

<つづく>

四国遍路(区切り打ちその④)から帰ってまいりました

 昨日、13日間(11/9~21)の四国遍路(区切り打ちその④)から帰ってまいりました。

 地図上の総距離255.4キロ(※1)、総歩数472,486歩(※2)、打った札所数21(44番~64番)。愛媛県の西予市から新居浜市まで、ほぼ愛媛一国(写真の④、矢印で示す部分)を歩きました(※3)。

※1 遍路地図の距離による。純遍路部分のみであり、自宅との往復、観光部分は含まない。
※2 活動量計(万歩計の進化版)による。自宅との往復、観光部分も含む。
※3 これらの数字は速報値です。記録をまとめてから、改めて確定値をご報告します(GDPの発表みたいですね(^^ゞ)。

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(写真をクリックすると拡大します)

 天候にも恵まれ(雨がほとんど降らなかったのは4回目にして初めて)、若干の変更はあったものの、ほぼ予定どおり歩くことができました。

 当初、遍路の模様をほぼリアルタイムでブログに投稿するという試みを行っておりましたが、遍路中の11/16にアクシデントがあり、それを契機にその試みを断念するに至りました。そのへんのいきさつは後ほどご報告したいと思います。

 それはともかくとして、ブログでツイッター的に行動を報告するというのは、そもそも無理がありますね。書く方はよくても(?)、読む方がついてこれません(^^;

 お騒がせしたことをお詫びいたします。また、にもかかわらず、遍路中さまざまな応援メッセージをいただいたことにお礼を申し上げます。

 とりあえずご報告まで。詳しい報告(不要?(^_^;))は後日。

遍路中一時休業のお知らせ

 いまさらですが、遍路が終わる来週の金曜日まで当ブログの更新をお休みします。

 今日遍路先でちょっとしたトラブルがあって、それは最初(僕にとって)深刻なものでしたが、結果として深刻なものにはならなかったし、感動的な面すらあったのですが、お遍路として考えさせられるものがあって、その結果お遍路中はブログの更新をお休みした方がいいかなと考えた次第です。

 どんなトラブルがあって何をどう考えたかは、帰ってからご報告します。

 対人的なトラブルとか、嫌なたぐいのトラブルではないので、ご安心を。
 

52番太山寺を打つ



 国宝の本堂。1305年、鎌倉時代の建立。どのあたりが国宝なのかは分からないが、古さと風格は感じられる。

遍路8日目(2014/11/16)



 今日は松山市内のふたつの霊場(52番太山寺と53番円明寺)を打った後、旧北条市(※)へと向かい、そこで泊。地図上の距離で22キロ強。比較的軽めだ。

※ 2005年に松山市と合併。同じ年に静岡市(=わが生まれ故郷)と合併した旧清水市と立場が似てるかな?

 旧北条市では今回初めて海岸に出る。瀬戸内で最も美しい海岸と言われているので、その景色を楽しみながらのんびり行こう。出発は6時の予定。

 となると、週間天気予報でずっと雨だった天気が心配だが、今朝の予報ではくもりときどき晴れになっている。何とか持ってくれるといいのだが。

 今日打つ太山寺は本堂が国宝、円明寺はキリシタン灯籠が有名。それも楽しみだ。

 そうそう忘れるところだった。冒頭の写真は今日の遍路とは何の関係もない。昨日道後プリンスホテルの前を通り過ぎるときに見かけたヘンな建物。何に見えますか?

 ついでにもうひとつ。実は昨日靴下に穴があいてしまった(※)。その代わりを仕入れなければいけないが、特殊な靴下だけに置いてある店があるかどうか。
 
※ 下りがきつかったからなあ。靴と靴下が悲鳴をあげてるって感じがしたもの。

道後温泉にて

 今日の泊まりは道後温泉。



 夜の道後温泉本館。さすがの貫禄。



 まさにせんちひの世界。しかし、ここまで来て中には入らなかった(^o^;)



 温泉街で名物の濡れおかきを買って食べ歩き。七味マヨネーズ味。

 

 道後温泉駅。



 今日の夕食。本命の道後麦酒館に行ったら満席で入れず、近くにあるコロッケが美味しいという店でラーメンとコロッケのセット。論評は控える。



 今日の宿ビジネスホテルさくら。もとラブホとのことだが、その面影はまったく感じられない。道後温泉本館には近いし、Wi-Fiも使える設備の整ったいいビジホだ。ただ残念なのは階上にコインランドリーがあって、洗濯機の回る音がモロに聞こえること。寝られるかな~? 多分、大丈夫(笑)

遍路7日目終了

 今日の歩行距離33.0キロ(歩数440,69歩)。

 松山市にある6つの霊場(46番~51番)を打った。まさに霊場のはしご。

 そのなかで道後温泉に近く、霊場の中でも1、2位の人気を誇る石手寺を紹介する。



 石手寺の本堂。石手寺はちょっと変わったところがあることで有名だが、この本堂からして変な匂いがし始めている。あの真ん中ににゅっと立っている金色のサボテンのようなものは何だ?



 本堂の脇にある妙にエスニックなものたち。もはや仏教ですらない気が。



 その奥にある説明がつかないものたち。



 宝船のようなもの。「家内安全」「○○高校合格」などの願いごとが書かれた紙製の帆(?)がいっぱい船体に刺されている。

 最後に最も変なもの。



 石手寺の門前で売っている名物の焼き餅を買って食べた(自画撮りは難しい)。餅は直径2.5センチ位の丸くて平べったいもので、中に餡が入っている。白餅とよもぎ餅のセットで140円。大変美味でした。

これも遍路道

まじ!?!



 50番繁多寺へ向かう途中で。これはさすがに初めてのケースだ。

奇跡の再開~46番浄瑠璃寺にて



 46番浄瑠璃寺をいま打ち終わったところだが、この浄瑠璃寺で奇跡の再開があった。

 本日最初の記事に書いたとおり、昨日45番岩屋寺の手前で地図を落としてしまったのだが、その地図が本堂の前の石のベンチの上にポンと置かれていたのである(下の写真の真ん中にあるのが地図)。

 

 拾った人は何のためにここまで運んで来たのだろう(岩屋寺と浄瑠璃寺は30キロ近く離れている)? そして、なぜここで放置したのだろう? それを他でもない、この僕が誰よりも早く発見して、手にするとは!? 南無大師遍照金剛(合掌)

三坂峠から松山へ



 6時45分、展望が開けた。遠くに松山の街も見える。

遍路7日目(2014/11/15)



 今日の最終目的地は松山道後温泉。地図上の距離にして約25キロ。その間に6つの霊場があるから、かなりハードなスケジュール。

 できるだけ早く立ちたいところだが、出発して2キロほど歩くと山道にはいる。暗いなか山道を歩きたくはないので、我慢して6時少し前に出発。ブログの更新はほどほどにして、遍路に注力しよう。

 最後には道後温泉というご褒美が待っている。

※上の写真は昨晩お世話になった桃李庵にある暖炉と囲炉裏。桃李庵(下の写真が外観)自らも遍路をしたことがあるという若いご主人(おそらく30代後半)が奥さまと一緒になさっている。
 実は昨日岩屋寺の手前で遍路地図をなくした。そのことをご主人に話したら、古い版だが遍路地図をお接待してくれた。ありがたいことだ。南無大師遍照金剛(合掌)

遍路6日目終了

 本日の歩行距離35.4キロ(歩数47,202歩)。打った寺:45番岩屋寺。

 岩屋寺のことをまだ記事にしていないので、ここで書く。

 岩屋寺は噂に違わぬ奇観ぶりだった。



 岩屋寺に着く手前にあるせり割行場。巨岩にできた裂け目に入り込み、奥の直角に近い勾配を鎖を使ってよじ登り修行する場所。



 本堂(写真中央下、もみじの後ろ)が巨大な岩に寄り添うようにして建っている。まさに岩屋寺だ。



 紅葉も素晴らしい。

 八十八ヶ所の中でも1、2を争う霊場てあることが納得できる。

昼食なう

 今下に下りて久万高原町の町中のきらら食堂で遅めの昼食中。

 石鍋もつラーメン。名前に惹かれて頼んだのだが、大正解。



 ぐつぐつ煮えてます。



 ぷりんぷりんのもつがゴロゴロ入っていて、これがうんまい。キムチ味のラーメンがご飯とよく合います(^^)v

奇勝古岩屋

 45番を打ち終えて帰る途中に古岩屋という奇岩で知られる景勝地がある。奇岩も面白かったが、紅葉がすごかった。

 たくさん撮った写真の中から3枚だけお見せする。





紅葉がキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 全山もみじ色の山を含め、素晴らしい紅葉が次々と現れます。私の写真の腕では表現しきれないのが残念。





遍路6日目(2014/11/14)



 今日は45番岩屋寺を打つ。標高670メートルにある山寺。八十八ヶ所の中でも最も魅力的な霊場と言われ、自分も行くのを楽しみにしていた。

 今日の行程は地図上でおよそ27キロ。今回の遍路で25キロ以上は4日あるがその中のひとつ。しかも、他の3つは平地コースだが、これは山道コース。

 よって、必然的にいっぱいいっぱいの行軍となる。ブログにあまり時間をかけられない。楽しみにしている(?!)読者の皆さまには申し訳ないが、投稿の頻度も少ないだろうし、記事も短いものになるだろう。

 出発も早めの5時半(山道なのにいいのか?)。今日は最初からヘッドランプをつけていこう。では、行ってまいります!

 幸い、今日の天気はいいようだ。

P.S.
45番を打った後ほぼ同じところに戻ってくるので、重いリュックは宿に預けていく。これだけでも相当楽になる(^^)v

遍路5日目終了

 本日の歩行距離21.9キロ(ほとんど遍路)。打った寺:44番大宝寺。

 今日の宿は、久万高原町の繁華街(国道33号線沿い)にある民宿笛ケ滝。

 さて、さんざん前宣伝した夕食である。よかった、出ましたよ、あの名物料理が。

写真をご覧いただきたい。



 そう、鍋。だが、ただの鍋ではない。きじ鍋。そう、あのきじ。日本の国鳥にして桃太郎の家来。どんな味かというと……。

 その前にアップの写真を。



 味は鳥だ。でも、普通の鳥より身がしまっていて濃厚な感じ。美味しかったです。こりゃ、グルメレポーターにはなれないね(^o^;)

 それ以外の料理も豪勢でした。



 トマトを使ったオリジナルな料理もあって、かなりレベルが高い。この夕食が付いて5800円。安い! まあ、二槽式洗濯機だからね。

 冗談は別として、真面目な話、女将さんも感じがいいし、遍路にお越しの際はおすすめの宿のです。

こんな宿初めて!

 宿の部屋に案内されて驚いた。まるでアパート(よく言えばワンルームマンション)の一室なのだ(写真1,2)。





 元アパートだったものを民宿に転用したのだろう。人生長しといえど、こんな宿に泊まったのは初めて。研修用の宿泊施設を民宿に転用したというのはあったけどね。でもあれは、ビジホに近かった。

 キッチンはともかく、バストイレ付きというのはよい。おまけにワードローブもあれば、洗濯機も付いている。ところが。

 この洗濯機というのが、骨董品もの。平成時代のものではないのは間違いない。二槽式でしかも洗濯・すすぎが自動ではない。洗濯が終わったら自分ですすぎを設定しなければならないし、すすいだ水の入れ替えも自分でしなければならない。しかも部屋干し。まあいいや。昔に帰ったような貴重な体験でした。

 ちゃぶ台ふうの丸テーブルがあったので、それでくつろいでる体の写真を撮ってみた。



 しかし、問題は部屋よりも夕食。果たしてアレが出るだろうか?

44番大宝寺を打つ

 今回遍路初の快挙! 霊場を打ってきました。久万高原にある44番大宝寺です。なんと、これで八十八ヶ所のちょうど半分を打ったことになります

 以下の写真でもお分かりのように大宝寺は森厳の雰囲気ないいお寺でした。私の中では、これまでのベスト5に入ります。

 さて、霊場を打つとはどういうことかという人のために、大宝寺を例にその手順を紹介しましょう。

 以下、説明は上の写真に対応します。



1. お寺に着いたら、山門の前で一礼してから左側を通って入ります。
 ときどき右側を通って出てくる人がいて、鉢合わせになります。もっと勉強してから、八十八ヶ所巡りをしてもらいたいものです。



2. 水屋で両手と口をすすぎます。



3. 鐘を撞きます。
 鐘撞き禁止のところもあるので、注意。



4. 本堂へ行き、以下をします。
a. 納め札を納める。
b. 灯明をあげる。
c. 線香をあげる。
d. お賽銭をあげる。
 ナンチャッテお遍路はa~cを省略。



e. お経を読む。
 お経とは般若心経その他もろもろです。



5. 大師堂へ行き、a~eを行います。

6. 納経所に行き、納経帳に御朱印をいただきます。
 ナンチャッテお遍路は6も省略。
7. 山門を左側を通って出、本堂に向かって一礼します。
 このときも右側通行で入ってくる無礼者に注意しましょう。

 以上、じっちゃんの八十八ヶ所参拝講座でした。

 そうそう、紅葉がとてもきれいだったので写真をもう1枚追加。これは本堂です。



久万高原に着いたら寒かった



 無事下山し、久万高原に着。いやに寒いので「さすが高原」と思っていたら、今夜の宿(写真)の女将に「急に寒くなったんですよ」と言われた。全国的な寒波のせいらしい。

 この宿はある名物料理で有名。今夜はそれが出るはずだが、これまでの宿でなんども裏切られてきたので、あまり期待しすぎないようにしよう。

 宿にリュックを預け、今お隣のレストランで腹ごしらえ中。

 これから、今回の遍路で初めての霊場、44番大宝寺を打ちに行く。片道約1.5キロ。

ひわ田峠を越えた



 ひわ田峠(写真)を越えて下山中。山道は濡れてこそいたものの、なかるむまではいっておらず助かった。

 登りもそれほどキツくなく、いささか拍子抜け……とブログに書こうなんてかんがえていたら、とたんに滑って転んだ。おまけに、その少し先から急坂が始まった(T_T) 油断大敵である。



 下山途中のじっちゃん。ご覧のとおり、金剛杖ではなく、ストックを使っている。ストックは登りのときもそうだが、特に下り、それも急坂のときに強い味方になる。これを支えにすれば、滑りやすい急坂を下りる恐怖が半減する。ならば、1本よりも2本ということで、金剛杖からストックにのりかえたのだ。

これが通行止めの原因だ!



 山崩れが起きていた。



 これが地元のおじさんが言ってた仮道。

ひわ田峠へ



 山登り再開。ひわ田峠へ。標高差270メートル。にしても、由良野とは可愛らしい村名だ。



 こんな看板があったので、戸惑っていたら、通りかかった地元の方が「大丈夫。仮道が出来てるけん、通れるけん」と教えてくれた。
 

下坂場峠着



 ここから少し降りて、最大の難関・ひわ田峠を目指す。

山登り開始



 まずは、下坂場峠を目指す。



 ありがとうの遍路標識。これを見落とすと大変。

遍路5日目(2014/11/13)

 夜中に目が覚めて驚愕した。雨音がする。それもかなりの音だ。予報では今週いっぱいは天気がいいはずだったので、まったくの想定外。しかし、天気ばかりはいくら気を揉んでもどうにもならないので、また寝た。

 朝(といっても2時過ぎ(^^))起きると雨音がしない。やれやれとひと安心したのもつかの間、また降り出し、その後は降ったりやんだり。天気予報を見ると、朝方はずっとこんな調子のようだ。山道にさしかかる頃には晴れそうだが、いずれにしろ足元はぬかるんでいるだろう。難儀が予想される。 

 Bad Newsの後はGood News。足のマメは悪化せずにすんでいる。今日も予防はしっかりしておこう。

 今日はひわ田峠を越えて久万高原へ行く。地図上の行程は18キロ強と大したことないが、高低差600メートルの峠、いわゆる遍路ころがしを越えねばならない。

 久万高原では、今回の遍路で初めて霊場を打つ(※1)ことになる。44番大宝寺。久万高原の目抜き通りの真ん中に位置する。

※1 遍路ではお参りする寺を「霊場」、お参りすることを「打つ」と言う。

 6時12分、昨日迎えに来てもらった遍路道の地点まで、宿のご主人に車で送ってもらう。そこにある屋根つきバス停で雨支度をし、6時半にいよいよ遍路5日目を開始した。

※2 写真は送り迎えしてもらった総津落合交差点=今日の出発地点


遍路4日目終了



 本日の歩行距離24.7キロ(すべて遍路)。0530に出発して1400に宿着。

 今夜の宿たちばな旅館(写真)は内子から久万高原までの中間、やや久万高原寄りの広田地区にある。といっても、分からないだろうね。愛媛県のど真ん中やや左下だ。

 遍路道から少しだけ離れているので、遍路道まで車で送り迎えしてくれる。想定外のいい宿だった(理由は長くなるので省略)。

 写真の真ん中下に写っている犬(柴犬の雑種?)は、最近足を痛めて元気がないそうだ。僕を見る目がとても悲しそうで胸がキュンとなった。



 夕食は旅館らしい豪勢さ。全部食べきれなかった。ひさびさに食べるグラタンが美味しかった。
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