プロフィール

じっちゃん

Author:じっちゃん
翻訳家。
もとコンピュータ技術者。二足の草鞋で翻訳を始め、定年後フリーランサーに。
【趣味】
①読書:ミステリを中心に時代・歴史小説、歴史や科学などのノンフィクション
②四国遍路(2015年11月結願)
③街道歩き(現在敢行中)
④SNS(ブログ、Facebook、Line)
⑤観劇
管理者ページ

カテゴリ

openclose

お気に入りブログ
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「答え」はあっけない~『なぜ妻は、夫のやることなすこと気に食わないのか』



 男女の思考様式の違いとその対処法について、夫婦関係に絞って論じた本。なぜそんなものを自分が読んだかについては触れないでおく。

 冒頭、夫の妻に対する平均的な不満が描かれるが、自分も思い当たるものが多く、ふむふむとうなずかされるとともに、これならうまい解決法を提示してくれるのではないかと期待が高まる。

 しかし、著者が提示する「解決法」は実にあっけない。

 《私の結論は「あきらめなさい」である。》

 思わず僕は「えっ、まじかよっ! ふざけんな」とつぶやいた……と書きたいところだが、実はそうではなかった。理由は後で書く。

 その後、夫婦の思考回路の違いが具体的に列挙される。中には初耳のものもあったが、たいていはこれまでに聞いていたか、自ら気づいていたものだ。そういうものでも、あらためて確認できたという意味で意義があり、いちいち深くうなずきながら興味深く読むことができた。

 その後15項目にわたって対策案が提示される。その基本は、先ほどの「あきらめる」であるが、どうあきらめるかが具体的に書かれていて参考になる。

 少し以前から(特に定年退職後)妻との関係を円滑に保つための対策を自分ながらに打ってきていた。だから、15項目の中には先刻実施中のものもあったが、そうではないものもあった。その代表例が「冷蔵庫に賞味期限切れ食材を見つけたら、妻には告げず闇から闇に葬る」だ。これを告げてしまうと(たとえ夫に嫌味のつもりはなかったとしても)妻のプライドを傷つけることになると言う。なるほど。今後気をつけなくては。

 すでに実践中のものであっても、きちんと理屈を説明されると納得するし、100%実施できていないことにも気づかされる。(僕にはとても実行できそうもないな~--というものもある。)

 定年後の夫婦に的を絞った章を独立に設けてあるのも親切だ。著者によれば定年後の夫婦関係の目指すべき方向性は「『夫婦仲良く一緒に』ではなく『お互いに気が楽な関係』」だそうだ。それをベースに著者は、夫婦別室、趣味や旅行でも妻と別行動する、妻のライフスタイルに口を出さないetc.を提唱する。いずれもほぼすでに実践中だが、旅行はたまには一緒に行きたいなとの未練も残る。その点は今後の検討課題としたい。

 さて、“「あきらめろ」に驚かなかった”と冒頭で書いた。それは、(それなりに)長い人生を通じて「他人を変えるのは難しい。変わるのは自分しかない」と痛感していたからだ。だから「妻を変えようとするな。自分を変えろ」とする著者の主張には深くうなずくものがあった。とはいえ「自分が変わる」のもなかなか難しい。ついつい、相手が変わることを求めてしまう。まあ修行いまだ至らざる身、それも仕方ない話だ。肩ひじ張りすぎないよう注意しつつ、日々戒めていくしかない。

 著者は、夫婦関係は「そこそこうまくいけばいい」のであって、100点満点でなくともいい、それどころか20点で十分と言う。だから、伴侶にも2割いいところがあればそれでいい、その2割を探せ、と提言する。「うちのは?」と考えてみて、「余裕でクリアできる」そう思ってほっこりした。

 しかしそれも束の間。すぐにぎょっとなった。「その逆方向は……???」
【じっちゃんの誤読的評価:★★★★】
スポンサーサイト

意思決定はこうして行われる~『安倍官邸の正体』

abekantei.jpg


 安倍政権における意思決定の仕組みを書いた好著。

 著者は安倍首相とも親しい政治評論家だが、「よくぞここまで」と思うくらい安倍政権の内情を調べて書いている。だから「政治はこうして動いているのか」「あのときはこうだったのか」という話が満載。安倍政権への評価はともかくとして、とにかく面白い。

 冒頭からいきなり、先だっての衆議院解散の内幕が語られる。あのときもう解散を考えていたのか、だから解散に踏み切ったのか、こうして周囲を説得したのか――もう「へえ」「ほう」の連続となる。「大義なき解散」と批判されたが、安倍政権にとってはそれなりの大義があったことも分かる。

 この話に限らず、興味深いエピソードには事欠かない。民主党政権が壊した官僚との関係をどう修復したか、マスコミとのスタンスをどう取るか、閣僚のダブル辞任はどうして決まったか、東京五輪招致成功の陰に何があったか(←これは読みごたえあり)、集団的自衛権に関する閣議決定をなぜ急いだか……などなど。

 その中にあってごく小さなエピソードだが、STAP細胞で一躍時の人となった小保方さんを総合科学技術会議に呼ぼうとして思いとどまったエピソードも興味深い。誰しも「へえ」となること請け合い。

 著者は安倍を「現実主義者」だと定義する。その背景には安倍一次政権での失敗がある。安倍自身失敗の原因を次のように語っている。

「私がやりたいことと、国民がまずこれをやってくれということが、必ずしも一致していなかった。そのことがしっかり見えていなかった。私が一番反省しているのはその点です」

 この反省を踏まえ、世論に耳を傾け、世論が最も求めているものを最優先課題にする。だから「アベノミクス」なのだ。そして、課題の遂行にあたっては、各党の意向や世論を考慮して、押すべきは押し、引くべきは引く。100点満点でなければダメというのではなく、30点でも40点でも、できるところから積み上げていく。それが安倍の政治スタンスだと著者は言う。

 安倍は、政権を「続ける」ということも重視している。長くなるが、私として深くうなずくものがあったので、その理由について語った安倍の言葉を引用しよう(若干改変している)。

「国際会議でリードすることが、たった2年(政権を続けること)でできるようになるわけですよ。この先も私がやるということで、外国の首脳は初めて聞く耳を持ち始めるわけですね。それはものすごく大きい。日本はGDP3位の国なのに、その力を発揮できなかったのは、やっぱり政権がしょっちゅう変わっていたからだと思います」

 世の中には安倍を支持する人もしない人も、当然ながらいるわけだが(それが民主主義の素晴らしさである)、本書はそのどちらも読むべき良書だと言える。政権を適切に評価するためにも、そして政権にだまされないためにも。ちなみに、後者に関連して結構空恐ろしいことが書かれている。詳しいことを知りたい方は本書をお読みください。
【じっちゃんの誤読的評価:★★★★】


うちにもサンタがやって来た!

この記事を閲覧するにはパスワードが必要です
パスワード入力

プロフィールの写真変えました

この記事を閲覧するにはパスワードが必要です
パスワード入力

大胆な予測が目白押し~『2015年 日本経済のシナリオ』



 来年およびその後数年の日本および世界経済の見通しを書いた本。その結論を書いてしまえば……

 日本経済の見通しについては、本書冒頭の1行目にいきなり「日本経済の見通しは、きわめて明るい」と書かれており、それに沿って論旨が展開される。

 米経済もシェール革命が牽引車となって見通しは明るい。一方、EUは牽引役のドイツ、フランスまでがデフレに入ってしまい、銀行の不良債権問題もあって経済は低迷する。中国も不良債権(シャドーバンキング)問題を抱え、当面は何とかしのぐものの、近いうちに破たんする可能性が高い。

……ざっとこうなる。これが当たってるかどうか私に判断する能力はないが、著者の論旨にはまずまず説得力がある。興味深いのは、経済以外を含め、もっと大胆な予想もしていること。いくつか紹介しよう。

・来年米株価は混迷、一方日本の株価は順調で、双方の相関関係が崩れる。
・米株価が低迷する原因は経済ではなく政治にある。オバマ政権はベンガジゲート事件と違法移民恩赦問題という2つの爆弾(詳細略。ネットで調べてください)を抱え、来年弾劾裁判を経て任期途中の退陣となる可能性が高い。
・イスラム国問題は泥沼化し、テロが世界に拡散する。そして、ある日突然の原油高が発生する可能性がある(これと中国経済が日本経済にとっての最大のリスク)。
・中国は習近平と江沢民元国家主席との権力闘争が激化しており、近いうちに何か大きな変化が起きる可能性がある。
・中国バブルの崩壊は時の問題。当面は大丈夫だが、2017年頃が危ない。
・北朝鮮の拉致問題は現在停滞しているが、北朝鮮がこの件に関して本気なのは変わらない。来年4月の統一地方選挙の前に大きな動きがあるのではないか。

 この当否を判断する能力も僕にはない。来年末(問題によっては数年後)に振り返って、当たりはずれを評価するのも一興だろう。最後の予測についてはぜひ当たって欲しいが、他の予測に比べて著者の歯切れが少しだけ悪いのが気がかり。

 本書の真の目的は、経済の見通しを通して、株投資を含めた投資の展望と、方法論について論ずることである。その点については要約が難しいし、「当たるも八卦」の世界なので、触れることは控える。ただし、著者のスタンスは短期投資ではなく、中長期投資にあり、結構真っ当であるとだけ言っておく。
【じっちゃんの誤読的評価:★★★☆】
 ⇒予測が当たったら★5つでもよい。

もうすぐお別れのときが~『あたしンち 20巻』



 読売新聞の日曜版に連載されていた漫画を単行本化したもの。

 ジャイアンツファンでなくなって以来、この「あたしンち」によって読売新聞につなぎとめられていたというほど大好きな漫画。現に、「あたしンち」の連載が終わってからまもなく読売新聞から別の新聞に乗り換えたくらい。東日本大震災をきっかけに原発反対派に転じた私に対して、読売新聞が原発推進派だったってことも理由としてはあったけど(※1)。

※1 「あたしンち」の連載が終了したのは2012年3月11日。読売新聞を取るのをやめたのは2012年4月。ただし、その1年後にはまた読売新聞に戻った。

 内容についてはいまさら説明は必要ないだろう。家族をテーマにしたユーモア漫画は「サザエさん」や「コボちゃん」など、新聞連載漫画の定番だが、その中でも「サザエさん」に匹敵する(以上の?)大傑作だと思っている。

 新聞連載はとうの昔に終わっているが、単行本の方も後1巻を残すのみとなった。不定期連載でもいいから復活しないかなあ。作者のけらさんは、東日本大震災で心情が変化したことも連載中止の原因にあげているから、案外原発反対派なのかもしれない。だとすると、読売新聞での復活は難しいかなあ。だったら、別の新聞、別のメディアでもいいから復活しないもんだろうか。
【じっちゃんの誤読的評価:(もちろん)★★★★★】

異文化交流の現場を覗く~『となりの席は外国人』



 僕の好きなテーマに異文化交流というのがある。小説やノンフィクションの世界でも、『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』をはじめとする米原万理さんの諸作や、高野秀行の『アジア新聞屋台村』という傑作があるが、やはりこの分野で目を引くのは漫画だ。

 小栗左多里さんの『ダーリンは外国人』シリーズを始め、国際結婚した日本人をテーマにしたコミックエッセイは数知れないし、日本語教室の生徒(もちろん外国人)を扱った『日本人の知らない日本語』という、私の大好きな傑作コミックエッセイシリーズもある。

 今回紹介する『となりの席は外国人』は、外国人生徒の割合が多い日本の小学校が舞台。外国人生徒が日本人には想像がつかない言動をしたり、その逆に日本人以上に日本人らしかったり、あるいは日本に慣れきってしまった彼らが母国に帰って逆カルチャーショックを受けたりといった姿を四コマ漫画に仕立て上げている。

 ちょっと残念なのは、外国人生徒と日本人生徒の異文化交流の場面が少ないことかな。
【じっちゃんの誤読的評価:★★★】

異様な謎と異様な結末~連城三紀彦の新作『女王』



 近所の書店で書棚をぶらぶらと見ていたら本書が目にとまって驚いた。えっ、連城三紀彦?!

 著者死して1年あまり。まさか新作が出るとは思っていなかった。しかも分厚い。単行本で厚さ4センチはある。恐らく著者最長の作品だろう。

 思わず手に取る。そして巻末の解説に目を通してみれば、邪馬台国がテーマだという。連城三紀彦と邪馬台国……いかにもミスマッチである。大いに好奇心をそそられる。こうなると読まずにはいられない。

 邪馬台国を取り上げたミステリは何作かある。(僕が知るかぎり)そのほとんどは、邪馬台国の謎(つまり、邪馬台国はどこにあったか)を主なテーマに据えた歴史ミステリである。さて、この作品はどうか。もちろん著者のことだ、ストレートに邪馬台国の謎に迫るはずがない。それくらいの想像はつく。

 物語は異様な設定で始まる。生まれる前の記憶があるという男がいきなり登場する。しかも、その記憶は鮮明で、それなりの証拠もあって、いちがいに妄想で片づけられない。

 これから読む人の興をそがないため、これ以上詳しくは書かないが、この後、ひとつの謎が解決されれば新たな謎が加わるというふうに異様さがどんどん膨れ上がっていく。こんなに風呂敷を広げちゃって大丈夫なのか、SF的な設定でも持ち込まないかぎり風呂敷をたためないのじゃないかと心配になる。

 大丈夫、風呂敷はたたまれる。しかし、残念なことに、不器用に。異様な状況が解決された後に残ったのは、別の意味の異様さだった。それを詳しく書くのはやはりやめておこう。その異様さを是とする読者としない読者がいるだろう、僕は後者だったとだけ言っておく。そうそうもうひとつ。不器用にたたまれると言っても、くしゃくしゃにたたまれるわけではない。それなりにたたまれ、謎はちゃんと合理的に解決されるので、その点はご心配なく。

 ただ、時の壁を飛び越えるトリックは鮮やかで、意表をつかれた。こんなトリックは記憶にない。その分☆ひとつプラスしておこう。

 さて、邪馬台国の謎についてはどうなったか。ちゃんと取り上げられ、ちゃんと解決されている。僕は支持しないけどね。
【じっちゃんの誤読的評価:★★☆】

この名著を自分が訳すときが来るとは~『悩まずに進め』

この記事を閲覧するにはパスワードが必要です
パスワード入力

日本語から日本人を考える~『日本語の本質』



 司馬遼太郎が行った対談の中から日本語がテーマになっているものを集めたもの。対談の相手とテーマは以下のとおり。

 大岡信(中世歌謡の世界)、丸谷才一(日本文化史の謎)、赤尾兜子(空海・芭蕉・子規を語る)、大野晋(日本語その起源の秘密を追う)、徳川宗賢(日本の母語は各地の方言)、桑原武夫(人工日本語の功罪)

 いずれ劣らぬ碩学ばかりであり、テーマもバラエティに富んでいるが、日本語を通して日本人および日本文化を考えるという点が共通している。そして、複数の対談に通底して流れているひとつの考えがある。

 それは室町時代に日本語および日本文化が大きく変革したということである。司馬はそれを次のように表現する(正確な引用ではない。以下同じ)。

「室町時代に和歌(虚構)の時代が終わり、散文(リアリズム)の時代が始まった」

 そして、今現在われわれが使っている言語の源流は室町時代にあり、それ以前の時代とは断絶があると言う。これは初めて聞く議論であり、非常に興味深かった。

 言語だけでなく日本文化の形成という点についても室町時代は非常に重要な意味を持つ。司馬の言葉を借りよう。

「一芸(=茶の湯や俳諧や武芸)を持つ者が非常に価値が高くなったというのは、日本文化の幸いですね。この室町時代がなかったら、ぼくらは何でもない文化をもった民族ですよ」

 後半はちょっと言い過ぎなような気もするが、それほど室町時代が画期となったということなのだろう。

 これに関連して司馬は「平安時代はまるで別の国のようでよく分からない」と言う。その理由は、「われわれが知っている平安時代はうわずみ(=宮廷生活)に過ぎず、その時代における絶対多数の日本人の人情が分からない」からだそうだ。なるほどそう言われてみればそうだ。

 さらに司馬は「平安時代は嫌いだ」とまで言い切る。なるほど、司馬が平安時代を含めて古い日本を題材にしない(※1)理由はここにあったのか。

※1 唯一の例外が『空海の風景』。

 その後日本語は明治期に第二の変革期を迎える。いま使われている「文章日本語」(標準語と言ってもいい)が形成されはじめるのである。しかし、明治期はめいめいが我流で書き言葉を使っており、実際に「文章日本語」が成立したのは昭和30年代だと言う。しかも「成立」であって「完成」ではなく、(対談が行われた1970年の時点で)まだ発展途上だと言う。

 これについて、司馬と対談した桑原武夫が面白い見解を示している。これからコンピュータが普及する中で日本語の論理性が高まり、完成度もあがっていくのではないかと。対談から40年以上がたち、コンピュータが普及したいま、日本語は完成に近づいたのだろうか。

 それ以外にも、源氏物語を京都弁で訳せるかとか、国家元首が詩集を編んだのは日本くらいだとか、なぜ日本語には主語がいらないのかとか、日本語とアボリジニの言葉は濃厚な血縁関係にあるとか、目から鱗の話が満載。
【じっちゃんの誤読的評価:★★★★】

紅葉の探偵小説に興味津々~『日本ミステリー小説史』



 読売新聞の書評とタイトルに誘われて読んだが、やや期待外れだった。薄い新書本1冊で日本のミステリの歴史を概観するという企画自体に無理があったのだろう。できのいいあらすじを読まされているような気がした。
 
 明治期は作者の得意分野らしく、比較的丁寧に書かれている。尾崎紅葉、泉鏡花など硯友社の作家たちが(自覚的に)「探偵小説」を書いていたという話は初耳でもあり、興味深く読んだ。泉鏡花の処女作が探偵小説だったというのも驚きだ。紅葉の書いた『不言不語《いわずかたらず》』という探偵小説はなかなかの出来だそうだので、できれば読んでみたいものだ(※1)。

※1 しかし、岩波文庫版は絶版。青空文庫にもない。

 黒岩涙香のこともまずまず丁寧に書かれていて読ませる。

 しかし、明治期に筆を費やしすぎたせいか、大正期に入って乱歩が出現するあたりから駆け足になってきて、それがどんどん加速していき、「ここからが面白いのに~」と切歯扼腕することになる。

(ミステリファンなら先刻承知の)西欧ミステリ事始めに30ページ近く費やしているが、それをこっちに回せばよかったのにと思ってしまう。あるいは乱歩登場まで、さらに言えば明治期の、いわば日本ミステリ前史に絞ってもよかったようにも思う。

【じっちゃんの誤読的評価:★★】

これって六十肩?



 2カ月ほど前のこと。右腕を上に上げようとしたら、二の腕に激痛が走った。初めてぎっくり腰をやったときほどの痛みではなかったが、それでもかなり痛く、しばらくの間二の腕を押さえてうんうんうなっていた。

それ以来症状は、緩解しては悪化、緩解しては悪化を繰り返し、全体的な傾向としてはゆるやかに悪化している。

 今現在は服の袖に手を通そうとしたり、遠くのものに手を伸ばそうとしたり、とにかく二の腕の筋肉を緊張させると痛みが走る。何もしていないときでも、二の腕に鈍い痛みのような、いや~な感じがある。

 それでも医者に行かないのは、医者不信があるから。そのことについて長々と書いても、聞かされる方はうんざりするだけだろうから、ぎっくり腰のとき、複数の整形外科医と接骨医に通ったが、何の役にも立たなかった(※1)、それだけでなく他の病気のときも同じような体験をした……とだけ書いておこう。

※1 結局このとき僕を救ったのは1冊の本(冒頭の写真)だった。

 この痛みのおかげで、今後の楽しみにしようと講習を受けていたモーター・パラグライダーも断念せざるをえなくなった(前払いしていたン万円の講習費もパー)。

 これって、世間で言う「四十肩」とか「五十肩」のたぐいだろうか。年齢を考えれば「六十肩」と言った方がいいかもしれないが。でも、痛いのは肩じゃなくて二の腕だしなあ。

 何にしろ、何かいい治療法はないもんだろうか。仕事はパソコンのおかげで何とかなっているが、犬の散歩をはじめ、生活に支障が出ているからなあ。

『暗い鏡の中に』



※この作品は、僕よりずっと読書家でミステリ愛好家のsugataさんにご紹介いただいた。sugataさん、素敵な本を紹介いただき、ありがとうございました※

 読んだのはほぼ1カ月前、遍路の初日、2日目である。当の本は、荷物減らしのために現地で捨ててきてしまった(※1)。スマホで読書メモを書いてはいたが、いま読み返しても意味不明な記述が少なくない。自分の記憶の危うさに驚くしかないが、そんな事情なので、ぼんやりとした印象だけを書くことにしよう。

※1 以前は読み終わった本を捨てられず、本がたまって困っていたが、今のマンションに移るときにバッサリ捨てて(※2)以来、読み終わった本はこだわらずに売るか捨てるかしている。
※2 中には幻のミステリ雑誌『幻影城』の全巻ひと揃いもあった。今思うと惜しかった


 もっとも、この作品は何を書いてもネタバレになるおそれがあるので、ぼんやりとした感想の方が、これから読む読者には親切かもしれない。

 この作品ではとても魅力的な謎が取り扱われているのだが、それが何かを言うわけにはいかない。その謎が明らかになるプロセスが、この作品の読ませどころのひとつになっているからで、読者からその楽しみを奪うのは犯罪にも等しい(※3)。ただひと言、理屈では説明ができない摩訶不思議で強烈な謎とだけ言っておこう。

※3 この本の解説やアマゾンのレビューなどは絶対に先に読まないように。その点、この本のカバーの作品紹介は抑制されていて素晴らしい。この本の面白さが読者に伝わるか危惧されるくらいだ(^^;

 もちろん、ミステリなのだから、最終的にはその謎も理屈で解明される。しかし、そこにたどり着くまでに読者は、ホラー映画並みの怖さと、ヒッチコックの映画のようなサスペンスにハラハラドキドキさせられることになる。作者の筆致が煽るような書き方ではなく、あくまで知的で静謐で上品なのが、逆にその恐怖とサスペンスを盛り上げている。その意味で、翻訳の質も素晴らしい。

 謎の真相は、下手をするとチャチと評されかねない危うさをもっていて、それを救っているのが、作者の語り口に加えて、探偵役のベイジル・ウィリング博士の知的で上品な人物造形である。博士が真相を明かす頃には、すっかり博士の信奉者になっていて、「博士の言うことなら全部信じちゃう」という気分になっているもの。ともあれ、ここのところをどう受け止めるかで作品の評価が大きく分かれてしまう。

 僕はう~んとうならされたし、万が一そうでなくとも、ここまで来るサスペンスの盛り上げ方がうまいので、許してしまったと思う。

 最後の最後の、余韻を残す締めくくり方も絶妙だ。紛れもない傑作だと言ったところで、予想どおりグダグダになった感想を締めくくろう。
【じっちゃんの誤読的評価:★★★★】

終盤の展開に度肝を抜かれる~『山魔の如き嗤うもの』



 三津田信三の刀城言耶シリーズは大好きなシリーズのひとつだが、2008年に『首無の如き祟るもの』を読んだのを最後に最近はご無沙汰していた。6年ぶりの同シリーズということになる。

 この作品の舞台はわが奥多摩である。しかし、地名はすべて架空のもので、モデルがあるのか、それがどこなのかはよく分からない。五日市のアナグラムである終下市(ついかいち)が出てきたり、情景描写などから檜原村ではないかとも思うが、定かではない。モデルはないというのが正解かもしれない。
 
 刀城言耶シリーズは本格ミステリとホラーを融合させているのが売りだが、本書でも、成人儀式で忌み山に迷い込んだ男性の手記で始まる冒頭から怪奇現象が目白押し。とても論理的に説明できそうもない怪異ばかりで、作者はどう収拾させるつもりなのか心配になる。

 その後に続く、お約束の連続殺人も、見立て殺人あり、密室あり、山魔の登場ありと、三津田ワールド全開でぐいぐい読ませる。だが…。

 最後の解決篇に入ったとたん、ありゃりゃと思った。冒頭の怪奇現象はきちんと論理的に説明がつけられるものの、「これなら、何でもありになっちゃうよな~」と思われるものだったし、それよりも何よりもメイントリックに疑問を感じたからだ。古くからある○○○○を壮大にしたもので、あっと驚くには驚いたものの、実行可能性の点でいかがなものかと思う。それに、あれだけの連続殺人を犯す動機がやっぱり弱すぎる。

「本格ミステリという約束事の世界なんだから」という声もあるだろうが、本格ミステリにも(本格ミステリの世界なりの)リアリティが求められる。それを確かなものにする努力(=レトリック)が作者に求められると思うのだ。

 と不満顔の僕を、その後、驚天動地の展開が待っていた。ネタバレになるので詳しくは(詳しくなくも)書けないが、リアリティの脆弱性なんかどうでもよくなる展開で、作者の手のうちで翻弄されまくった(それも気持ちよく)。

 アマゾンのレビュー(未読の人は決して読まない方がいい。ネタバレのオンパレードだから)を見ると、逆にその点を不満だと思っている読者もいるようだが、僕はこういうのは好きである(※)。

※何事でもそうだが、好き嫌いというのは理屈ではなく感性の問題なので、議論をしても始まらない。

 ただ、怖さという点では、少々ゾクゾクはさせられたものの、それほどでもなかった。その点ではシリーズ第1作の『厭魅の如き憑くもの』が群を抜いている。しかし、それは作者のせいではなく、私の感性が鈍くなったせいなのかもしれない。何しろ第1作を読んだのは8年も前だからなあ(そのときの記事はこちらをご覧ください)。

【じっちゃんの誤読的評価:★★★☆】

文字、大きくしました(#^.^#)

★本件が関係あるのはパソコンでご覧になっている方だけです★

 テンプレート変更後もまだ文字が小さいように思えましたので、苦節1日、刻苦勉励、調査検討の末、文字サイズの変え方が分かりましたので、ちょっとだけ大きくしてみました。いかがでしょうか?

※ 文字サイズを変えたら、いろいろなところのデザインが崩れてしまいました。それも修復せねばならず、文字サイズひとつ変えるだけでも、結構大変であることが分かりました。
 でも、そのおかげで、サイドメニューがすっきりしたかも(#^.^#)
 過去記事にも崩れているものが多々あると想像するのですが、それは当面見て見ないふりということで……(^▽^;)

カテゴリを変えてみた。ところが……!

★本件が関係あるのはパソコンでご覧になっている方だけです★

 ここしばらく、「カテゴリ」(左カラムほぼ中央にある)の変更作業をしていましたが、ようやく工事完了いたしました。

①「読書録」と「映画鑑賞録」を細かく分類しました。
 最初は分野別の分類(ミステリ、SF、文学、ノンフィクション…というふうに)を試み、ひとまず完成したのですが、イマイチ感がぬぐえず、沈思黙考したすえ、「じっちゃんの誤読的評価」別の分類にしてみました。ホントは多重的な分類ができればいいのですが、そこまでの技術はありません。

②ついでに、エクスプローラ風のデザインに変えてみました。

 一応(今のところ)自分では気に入っているのですが、皆さんはいかがでしょうか。ご批判をお待ちしております。

……で、ここで終わっていれば、メデタシメデタシだったのですが。

 ついでに、テンプレートもちょいといじってみたところ、記事欄のベージュ色の背景の左側に、縦方向に長く白いひっかき傷のようなものができてしまいました。あわてて変更個所を元にもどしたのですが、なぜか白い傷はなくなりません。そこで、元のテンプレートを手に入れようとしたら、もう廃番になっていて手に入りません。どうしよう(泣)。テンプレートを別のものに変えるしかないかもしれません(;´Д`)

【追記】
 時を同じくして「文字が小さい」というご意見がありましたので、思い切ってテンプレートを変えてみました。
 これでも「文字が小さい」という方は、Internet Explorerの拡大機能(表示>拡大 または右下隅の拡大アイコン)で文字を大きくしていただければ幸いです。
 なお、ホイール付マウスを使われている方は、キーボードの[CTRL]ボタンを押しながらホイールを回しても表示の拡大・縮小ができます。

【追記2】
 まだ文字が小さいように思えたので、文字サイズを変える方法を研究し、ちょっとだけ大きくしてみました(#^.^#)
 文字サイズを変えたら、いろいろなところのデザインが崩れてしまいました。それも修復せねばならず、文字サイズひとつ変えるだけでも、結構大変であることが分かりました。
 でも、そのおかげで、サイドメニューがすっきりしたかも(#^.^#)
 過去記事にも崩れているものが多々あると想像するのですが、それは当面見て見ないふりということで……(^▽^;)

パソコン戻ってまいりました

この記事を閲覧するにはパスワードが必要です
パスワード入力

私の訳書:『日本のこころ』~明治期に日本をPRした3大名著が集合

この記事を閲覧するにはパスワードが必要です
パスワード入力
カレンダー
11 | 2014/12 | 01
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
全記事表示リンク
検索フォーム
コメント・TBについて

コメント・トラックバックをされる場合は注意事項をご覧ください。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。