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じっちゃん

Author:じっちゃん
翻訳家。
もとコンピュータ技術者。二足の草鞋で翻訳を始め、定年後フリーランサーに。
【趣味】
①読書:ミステリを中心に時代・歴史小説、歴史や科学などのノンフィクション
②四国遍路(2015年11月結願)
③街道歩き(現在敢行中)
④SNS(ブログ、Facebook、Line)
⑤観劇
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四国遍路⑤予告編

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(クリックすると拡大します)

 来週の日曜日(11月8日)からまた四国遍路に出かける。

 四国遍路は、定年退職翌年の2013年3月から始めた。本来であれば、八十八ある札所を1回ですべて回りたい(これを「通し打ち」と言う)ところだが、それには通常1ヵ月半ほどかかる(1周1200キロ弱)。仕事もあるので、それは難しい。そこで、何回かに分けて回る「区切り打ち」という方法を選択し、毎年春・秋の2回、1回あたり2週間弱の日程で回っている。

 当初は4回で結願(けちがん)する予定だったが、台風やらアクシデントやらで途中断念しなくてはならないことが2回あってそれはかなわず、5回目の今回でようやく結願となる。実は、途中断念した今年の春もいれれば6回目なのだが、あのときは尾道に着いたところで天候不順のため前途を断念し、四国に一歩も足を踏み入れていないので、勘定には入れられない。よって今回が実質5回目となる。(過去4回で回ったところは、冒頭の写真に示してある)

 今回は愛媛県の東端・四国中央市(新居浜があるころ)から歩き始め、最初に65番三角寺を打ち、そこから香川県へと突入、徳島との県境にある66番雲辺寺を打ち、さらに巡礼を続けて最後の札所88番大窪寺でめでたく結願となる。しかし遍路はそこでは終わらない。

 四国遍路は普通、徳島にある1番札所(霊山寺)から初めて高知、愛媛、香川と回り、88番札所で結願となるのだが、そこで終えてしまうと、88番と1番の間は歩かないことになる。つまり、輪っかが完成しない。だからお遍路さんの多くは、88番から1番へと回って輪っかを完成させる。1番をもう1度打つことを「お礼参り」と言う。

 だがだが、お遍路さんは貪欲だ。そこでも遍路を終えない。1番から四国を出て和歌山へと渡る。和歌山には何があるか? そう、四国遍路の創始者にして総元締め弘法大師が眠る聖地・高野山だ。高野山へお礼参りしてようやく四国遍路は完成となる。

 もっとも、88番でやめてしまう人もいれば、1番までは行くが高野山へは行かないという人もいる。しかしぼくは欲張りなので、フルスペックで行く。しかも88番から直接1番へ行くのではなく、3番に出て3→2→1と逆打ちで回る。遍路を始めたころを思い出して少しばかり感慨にふけりたいからだ(3番ではなく10番に出て10→9→……→1と回る人もいる)。

 11月8日に東京を出発して、16日に88番を打ち終え、1日置いて18日に1番をお礼参り。そこから大阪を経て高野山へと向かう。19日に高野山をお参りし、高野山の宿坊に一泊した後、翌20日に東京へと戻ってくる。全部で13日の行程であり、四国内を歩く10日間で地図上の距離にして約240キロを歩く。

 旅行ではその土地土地の食べ物を食べるのが楽しみのひとつだが、今回は行程のほとんどが香川県。となると、もう言うまでもあるまい。讃岐うどんを死ぬほど食べてこようと思う。

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東海道を行く⑥(2/2)-10e その後

 今回の東海道ウォークの終着点札の辻を後にして実家へと向かう。途中、家康の隠居城駿府城を抜ける。

 天守閣その他の建造物は残っておらず、石垣と堀が残るのみ。跡地は広大な公園になっている。

 上の写真は公園内部。

 公園の中には家康の銅像が建っている。

 公園を抜ければ、実家は近い。

 わが母校(高校)。実家から歩いて数十秒の距離。だからよく遅刻した(笑)

 今回の東海道ウォークの話はこれでおしまい。そうそう、最後に歩行数を書いておこう。

 初日:27,778歩(約18キロ)

 2日目:39,930歩(約24キロ)

 

東海道を行く⑥(2/2)-9 府中宿着

 府中宿(静岡市葵区)に着いた。


 静岡駅からまっすぐ東西に伸びる、静岡市一の目抜き通り呉服町。

 そしてこれが呉服町と直角に交わる第二の目抜き通り七間町。

 

 その交点に札の辻があった。

 写真後方は伊勢丹。かつては地元のデパート田中屋があり、子供の頃よそ行きを着て、このデパートの食堂でソフトクリーム(銀の台に乗っていた)を食べるのが最高の贅沢だった。

 今回の東海道歩きはここが終点。後は実家に帰るのみ。

東海道を行く⑥(2/2)-8 通るな、危険!

 草薙球場を後にして東海道を西へ。途中JR東海道本線の下をくぐる。その地下道が狭い。幅員3メートルしかなく、車1台通るのもやっと。それが両側通行になっているのだ。

 現にぼくが通っているときも車が1台来て、ぼくが壁にへばりつくように身を寄せて、ようやく通れた。地下道の途中に退避場所かあるとはいえ、こんな道、自分は通りたくない。

 これを書いている今、本日の歩行数は三万歩を超えている。距離にして20キロ以上。さすがに疲れて来たが、実家まで後3キロ強。頑張って行こう!

東海道を行く⑥(2/2)-7 沢村伝説が生まれた場所

 昭和9年ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグを擁する大リーグ選抜チームが来日し、各地で日本選抜チームと対戦した。結果は16戦して、日本チームの全敗。ほとんどが10点差以上、まるで子どもと大人の戦いであった。

 ただ、たった一試合だけ、0対1という僅差のゲームがあった。当時京都商業在学中、弱冠17歳の沢村英治が強打の大リーグ選抜チームを相手に9奪三振の快投を見せたのだ。試合は7回にゲーリッグが放ったホームランで負けたものの、沢村は全国野球ファンを熱狂させ、プロ野球誕生に一役買ったのだった。

 その試合が行われた球場が草薙にある。その名も草薙球場。球場前には沢村の快投を記念した像がある。

 手前がルース、向こう側が沢村。写真右手が球場。

 草薙球場は静岡県のメイン球場であり、高校野球の決勝もここで行われる。今年の夏母校が甲子園に出たとき、ぼくもここに来て決勝で母校を応援した。

東海道を行く⑥(2/2)-6 変な道を行く

 9時20分頃日本平からの下山開始。登りは草薙駅近くからだったが、同じ道を通るのはつまらないので、ひとつ先の駅の県立美術館前駅に向かうルートを選択。

 これが、結構ハードな道だった。下るかと思えば途中から急登が始まり、それが終わってやれやれと思ったら、こんな道が。

 人ひとりやっと通れるくらいの狭~い切り通し。画面では結構明るく見えるが、実際は薄暗く、両側に迫る山肌もジメジメと湿って薄気味悪い。女性ひとりでは通りたくない道だろう。

 それを抜けると、今度はこんな道が。

 昔川だったのだろう、その川底を歩く感じ。若干歩きにくいが、さっきの道よりはいい。そのままずんずんいく。だんだんと流木が道の上に現れはじめるが、さっきの道のことがあるので、「整備が悪いな」と思うだけで、さほど不審には思わない。これはおかしいなと思いはじめたのは、その数がどんどん増えてきたからだ。

 ついには流木が折り重なってダムのようになっているところに出た。これはさすがにおかしいと思う。このときスマホがなかったら、それでも戻らず先へ進んだかもしれない。だって数百メートルも戻るなんて。

 しかし、ぼくにはスマホがあった。そしてグーグルマップという強い味方があった。半信半疑でグーグルマップを見ると。やっぱり。

 道を外れている。グーグルマップがなければ遭難していたかもしれない。しかも、日本平という大観光地で。くわばらくわばら。

 1050無事下山し、東海道に合流。ただいまランチ中。

東海道を行く⑥(2/2)-5 うなぎコーラを飲む

 山頂近くの売店に寄る。ビールでも飲もうかと思ったのだが、飲料のケースを覗くと、変わった炭酸飲料が目についた。

 わさびサイダー、カレーサイダー、ウコンサイダー、お茶サイダー、うなぎコーラなど。静岡に変わった味のサイダーを作って売ってる会社があると噂では聞いていたが、これがそれか!

 他のは味が想像つくので、……

一番想像がつかないこれを飲んだ。

 おお、コーラ味の中に、蒲焼きうなぎの濃厚な香りと味がする……なんてことはなかった。普通のコーラだった(-_-;) うなぎパイがうなぎの味がしないのと同じく、単にうなぎエキスが入っているというだけだった。やっぱりわさびサイダーにすればよかった。

東海道を行く⑥(2/2)-4 日本平山頂

 8時半少し前、日本平山頂(標高307メートル)に着く。その名の通り山頂付近はかなり広い面積が平坦になっている。

 山頂から見る富士が日本平の売りのひとつだ。

 前景に清水の市街地と三保、中景に海(駿河湾)を従えた姿は見事で、一幅の絵になっている。数ある富士の景色の中でもベストのひとつだろう。これが見られただけでも登ってきたかいがあった。

 さて、日本平山頂には来た道とは反対側(海側)に下りるロープウェイがあり、それを使えば、家康が祀られている久能山東照宮(国宝)がある。また、ロープウェイから見る景色も素晴らしいのだが、何度か来たことがあるし、時間の都合もあるので今回はパス。

 というわけで、もう少し休んだら、下山の途につくか。

東海道を行く⑥(2/2)-3 草薙神社

 大鳥居から15分ほど歩いて草薙神社へと出た。さすがに森厳な雰囲気が漂っている。

 鳥居を入ると日本武尊の像がお出迎え。当神社のご本尊である。

 本殿。大きくはないが、たいそう古びていて、趣きがある。ここに伝説の草薙の剣が祀られている。

 龍勢と呼ばれる、ロケット弾のような形をした打ち上げ花火。無形文化財に指定されている。草薙神社の例大祭のときに打ち上げられるそうだ。

東海道を行く⑥(2/2)-2 日本平へ

 草薙神社の大鳥居。ここで東海道を離れて日本平へと登る。往復約9キロのハイキングコース。

 ちなみに草薙は日本武尊の草薙の剣の伝説ゆかりの地。

東海道を行く⑥(2/2)-1 2日目開始

 5時半少し前ホテルを出発。今日は実家のある府中宿(静岡市葵区)へと向かう(約14キロ)。ただ、ストレートに行くと午前中の早い時間に着いてしまうので、途中寄り道して日本平ハイキングをする予定。

 ホテルの窓から朝焼けの中に浮かぶ富士が見えた。それだけでハッピー!

 朝の東海道(清水銀座)

東海道を行く⑥(1/2)-7e 清水B級グルメを食す。

 清水駅前にある居酒屋金の字本店に開店(17時)直後に突撃。開店数十分で売り切れてしまうこともあるという名物を食べたいがためだ。

 その名物とはこれ。もつカレー串。一本120円。

 最近清水のB級グルメとして台頭中。その元祖がこの金の字。一緒に鳥刺しも頼んだ。

 うまそうでしょう。いただきまーす!

 ん? うまいことはうまいが、期待したほどではない。どちらも淡白。味の深みがない。自分ならもっとうまいのができそうって感じ。ここは焼き鳥やさんなので、かしら、あか、しろ、豚タンなども注文。

 こちらはマジうまい。堪能した。

 ビールは大ジョッキを頼んだのだが、これがそれ。ほんとに大だ! 1リットルは入ってそう。正直、ビール好きのぼくでも苦労した(^_^;)

 総体的にはいい夕食だった。

東海道を行く⑥(1/2)-6 三保の松原を行く

 三保桟橋から三保の松原へは距離もあるので、普通バスで行くが、ぼくは歩くのが好きなので、往復歩くことにした。距離にして10キロ弱。

 歩くこと約30分、御穂神社にでた。

 神社から松原までは神の道なる板葺きの松並木が数百メートル続いている。歩いていて厳かな気持ちになる。

 松原に着いた。写真は有名な羽衣の松。昔々、天女が脱いだ羽衣をこの松の枝に掛けて水浴びしたと言う。ただし、今の松は最近植え替えられた二代目。一代目は残念ながら立ち枯れしてしまった。

 砂浜へ向かう。世界遺産になったときテレビで繰り返し見せられたあの風景があった。

 さらに砂浜を歩くとテレビではみられなかったこんな素敵な風景もあった。

 ここから海岸に沿って桟橋へと戻る。三保半島をほぼ半周したことになる。今日はこれで打ち止め。宿へと向かう。

東海道を行く⑥(1/2)-5 世界遺産へ

 水上バスに乗って清水湾を横切り、先ごろ富士山とともに世界遺産登録された三保へ。

 三保が見えてきた(写真右側の松原)。間もなく到着だ。

東海道を行く⑥(1/2)-4 魚市場でランチ♪

 江尻(清水)着。清水と言えば、マグロ水揚げ全国一の清水港がある。これはマグロを食わんといかんということで……



 清水魚市場に来た。店を物色していると……



「ここでしか食べられない」というメニューを掲げている店(のっけ家)を発見。「ここでしか」とか「限定」という言葉に弱いわたくし。ふらふらっと引き寄せられるように店に入る。

 そして注文したのは、もちろんここでしか食べられないという……

 本鮪大トロ頭肉丼、1600円。いただきまーす。

 普通の大トロに比べると脂が少なくさっぱりしているが、とろける舌ざわりは同じで、味がより濃厚。いずれにしろ、んまーい!

 いやー、充実のランチでした。

東海道を行く⑥(1/2)-3 分岐点



 江尻宿手前にある細井の松原。ここから旧東海道(写真右手)は国道一号線に分かれを告げる。

 松原と言っても、今は一本しかない(写真中央、建物にへばりつくように立っている)。

東海道を行く⑥(1/2)-2 興津宿



 興津駅から国道一号線に沿って歩くこと約20分、興津宿に着いた。



 明治天皇もお泊りになった脇本陣水口屋跡。武田信玄の家臣が興津に移り住んで始めた。中も見られるのだが、いつものことながら(^_^;)時間が早すぎてまだ開いていない。



 白鳳時代に創建され、室町時代に日本十刹に数えられた名刹清見寺。



 何と、山門と本堂の間を東海道本線が走っている。東海道本線を作った当時、「お国のためなら」と住職が土地を譲ったそうだ。エライ!…んだろうな。

【おまけ】


 興津駅脇に果樹研究所があり、その構内にプラタナス並木がある。明治3並木のひとつであり、日本のプラタナスはすべてここのプラタナスの子孫だそうだ。

 さて次は江尻(今の静岡市清水区)だ。

東海道を行く⑥(1/2)-1 興津駅に着く



 8時48分興津駅に着。経費節約のため新幹線は使わず、青梅線、南武線、小田急線、東海道本線と乗り継いできた。ほぼ3時間半かかった。

 ここから東海道ウォーク再開。これから興津宿に向かう。

 Tシャツ一枚なのに結構暑い。

東海道を行く⑥ 久々の再開(興津~府中)

toukaidou.gif

 本日(10/8)より久々の東海道ウォークに出かけます。

 前回(5回目)は、箱根から出発し、興津で終えたので、今回は興津を出発し、1泊2日で江尻(静岡市清水区)、府中(静岡市葵区)と回る。距離にして約20km(東海道部分のみ)。「たったそれだけ?」と言われそうだが、今回は東海道歩き以外に特別ミッションがあるため。

 東海道部分は20kmなので、1日もかからない距離だが、途中世界遺産になったばかりの三保の松原と日本平にも立ち寄るつもり。もちろん清水港での海鮮グルメ付き。

 三保も日本平も、実家に近いだけに、子ども時代に何度も遠足などで行ったところだが、大人になってから行くのは初めて(※)。世界遺産になってどんなふうに変わったか楽しみ。中国人観光客がワンサカいたりして(^^; 日本平はバスでも行けるが、今回は登り下りとも足を使ってハイキングを試みるつもり。

※ 三保の東海大学海洋科学博物館だけは自分の子どもを連れて行ったことがある。

 例によって、行く先々でリアルタイムレポートをするつもりなので、お楽しみに~(FacebookとLineでもシェアします)。

 そうそう、今回の特別ミッションについて。

 最終到達地点の府中(静岡市葵区)にはわが実家があるので、立ち寄って一泊し、帰りは年老いた母親を連れて東京に戻る。今年、私にとっての孫、母にとってのひ孫がふたり相次いで生まれたのと、長女夫婦が新居を建てたので、そのお披露目を兼ねて母に東京見物をしてもらう。

 実はこれが本来の目的で、東海道ウォークはそれに引っかけた「ついで」。母もトシなので、東京に出るのはこれが最後になるかもしれない。ささやかながら、親孝行としたい。
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