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じっちゃん

Author:じっちゃん
翻訳家。
もとコンピュータ技術者。二足の草鞋で翻訳を始め、定年後フリーランサーに。
【趣味】
①読書:ミステリを中心に時代・歴史小説、歴史や科学などのノンフィクション
②四国遍路(2015年11月結願)
③街道歩き(現在敢行中)
④SNS(ブログ、Facebook、Line)
⑤観劇
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昔の小説を読みたくなって-『金色夜叉』


最近、といってもここ数年のことですが、明治・大正期の小説に興味が出てきてぼちぼちと読んでます。夏目漱石はもちろん、泉鏡花、樋口一葉、永井荷風、幸田露伴、梶井基次郎、芥川龍之介など。

私もそうですが、明治・大正の小説なんて古臭くって退屈なものというイメージがありますよね。読んだものの中にはもちろんそういうのもありましたが、現代の目で見ても十分面白いものも少なくなく、うれしい驚きとともに明治・大正の小説に対する見方が変わりました。特に、泉鏡花の諸短編、樋口一葉の『たけくらべ』、幸田露伴の『五重塔』はうなるほどの面白さでした。

そこで今度は、以前から興味を持っていたものの「古臭くて退屈な」小説の代表のように思っていた尾崎紅葉の『金色夜叉』に挑戦してみました。『金色夜叉』は言わずと知れた明治期の大ベストセラー。読売新聞に明治30年から明治35年まで足掛け6年にわたって連載されましたが、紅葉の死によってついに未完のままで終わっています。

この小説の感想を言う前に、あらすじを発端のところだけ簡単に紹介しましょう。有名な話なので大抵の方はご存知だと思いますが。なお、以下若干プロットを明らかにしていますのでご注意ください。

-------------
----『金色夜叉』(前編)のあらすじ(ここから)----
一高生・間貫一(※1)はその養父母(※2)の娘・鴫沢宮と許婚の関係にあったが、正月のカルタ会の席で大富豪・富山唯継が宮を見初めてしまう。富山は鴫沢家に求婚し、意外にもこれを鴫沢家は受けてしまう。驚いた貫一は、旅先の熱海にお宮母子を訪ね、熱海の浜でお宮を難詰するが、お宮は決意を翻さず、怒った貫一はお宮を足蹴にして去る(※3)。
 ※1 「貫一」は「かんいち」だとばかり思っていたのですが、本のルビを見ると「かんいつ」になって
    ました。
 ※2 正確には養父母ではありませんが、実の両親の死後貫一を同居させて面倒を見ている
    ので、養父母のようなものでしょう。
 ※3 この作品はこのシーンが超有名ですね。熱海にはこのシーンを描いた「金色夜叉の碑」が
    あり、シーンの背景となった松との触れ込みの「お宮の松」という松もあります。

絶望した貫一は、一高も退学し将来も投げ打って、わざと周囲に忌み嫌われる高利貸しの手代となる。そこから、貫一の転進を知った友人とのひと悶着あり、同業の美女からの懸想あり、宮との再会あり、幾多の事件・事故あり、の波乱万丈の物語が幕を開ける。
----『金色夜叉』(前編)のあらすじ(ここまで)----

最初に全般的な感想を言ってしまいましょう。紅葉先生には失礼な言い方になってしまいますが、物語はそこそこ面白く読めました。許婚である貫一とお宮が別れるに至るまでの経緯も興味津々ですし、分かれて後の波乱万丈な物語も楽しめます。でも、残念ながら、「そこそこ」であってそれ以上ではありませんでした。

その最大の原因は、主人公である貫一とお宮のいずれにも感情移入ができなかったことです。時代の違いを考慮に入れても、その考え方や行動がさっぱり納得できないのです。

まず貫一。たかが女に振られただけで、あてつけのように学校もやめ、嘱望された未来も捨てて、当時(現在もでしょうが)蛇蝎のごとく嫌われ最下等な職業のひとつと見られていた高利貸しに身をやつすとはちょっとやり過ぎです。しかも、その後十年以上もその恨みを忘れず、しかも今まさに裏切られたかのような新鮮さでその恨みを保ち続けるというのは、いくらなんでも執念深すぎます。また、熱海の別れのシーンで宮の言うことに全く耳を貸さないのも理解できません。

宮も宮です。自分の都合で(※)貫一を振って富山のもとに走りながら、富山のもとに走ったとたん貫一の方がよく見え、富山を愛することができず悶々とするなんて、身勝手過ぎます。富山が自分に対して冷たいならともかく愛情深く接しているというのに。さらにさらに、愛することができないだけならまだしも、貫一と自分の間を裂いたとして富山を憾んで毛嫌いするに至っては、逆恨みもいいところ。富山が可愛そう過ぎます。
 ※必ずしも自分の都合ではなかったかもしれないことが暗示されてはいますが。にしても、
   いったんは覚悟して富山のもとに嫁いだんですからね。

その他の主要登場人物にもどうにも理解できない行動をとる人物が多く、それがこの小説を心底娯しむことを妨げます。ストーリーそのものは波乱万丈で興味深いのですから、ここがクリアできていれば、私ももっと心から楽しめ、私にとって『金色夜叉』が傑作と呼べるものになっていたかも知れません。

最初に悪口を書いてしまいましたが、よい点もたくさんあります。

その筆頭は紅葉先生の華麗な文章。執筆当時(明治31年頃)は言文一致の文体もかなり広まっていたはずですが、紅葉はあえて雅俗折衷と言われる文語体を選択しています。紅葉は自分の文体に凝りに凝り、それがために執筆が遅れ、読売新聞の連載が断続しただけでなく、紅葉が病を得る原因にもなったと言われます。それほどの鏤骨の文章です。

例はあげればきりがありませんが、例えば冒頭の正月の様子の描写。(一部漢字を現代漢字などに改めたり、ひらがなに開いたりしています。以下同様)

--------------------
元日快晴、二日快晴、三日快晴と記されたる日記を涜(けが)して、この黄昏(たそがれ)より木枯らしはそよぎ出でぬ。
--------------------

うまい!と座布団何枚かあげたくなります。特に「日記を涜(けが)して」木枯らしが吹き始めるというあたりがすごい。うなってしまいます。

もひとつ。貫一と宮も参加しているカルタ会の席に富山が登場し、その指にはめられた金剛石(ダイヤモンド)に周囲の人間が驚き騒ぐ場面。これは超有名な場面なのでご存知の方も多いでしょう。

--------------------
「まあ、あの指輪は! ちょいと、金剛石(ダイヤモンド)!」
(中略)
「金剛石!」
「なるほど金剛石!」
「まあ、金剛石よ!」
「あれが、金剛石?」
「見給へ、金剛石!」
「あらまあ、金剛石??」
「すばらしい金剛石!」
「恐ろしい光るのね、金剛石」
「三百円の金剛石」
瞬く間に三十余人は相呼び相応じて紳士の富を謳へり。
--------------------

会話だけを連ねて、躍動感のある描写を創り出しています。居並ぶ人の驚き、ざわめきがこちらに伝わってきます。当時は斬新な表現手法だったのではないでしょうか。

ついでに名場面からもひとつ。例の熱海での貫一とお宮が別れる場面で貫一がお宮に対して言う名台詞。

--------------------
「一月十七日、宮さんよく覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処でこの月を見るのだか! 再来年の今月今夜・・・・十年後の今月今夜・・・・一生を通して僕は今月今夜を忘れん。(中略)よいか、宮さん、一月の十七日だ、来年の今月今夜になったならば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから」
--------------------

記憶にあるのとちょっと違いますが、それは多分お芝居やドラマの作者が脚色しているのでしょう。

この他にも、華麗にして典雅な文章てんこ盛り。対句や暗喩、明喩といった日本古来からあるレトリック(修辞法)も駆使した七五調の名調子は読んでいて快く、また言文一致に慣れた私の目には新鮮でした。美しい文章をひねり出すために命を削ったというのもうなずける美文、名文の連続です。

その時代を反映した風俗描写も興味深く読みました。いくつか私が面白いと思ったものを列挙しましょう。

・新橋駅が東海道線のターミナルだった。汽車に乗るということは当時は大層なイベントであり、汽車に乗る人を見送る人で新橋駅はあふれかえっていた。
・当時すでにビールは日本製があってかなり普及していた。黒ビールもすでに作られていた。
・撞球(ビリヤード)が流行の兆しを見せていた。
・友人のことをフレンドと呼ぶのがはやっていた。
・ミステリアスなできごとがあると今でも「まるで推理小説みたいだ」などと言いますが、この小説の中でも「(まるで)探偵小説だ!」なんて発言が出てきます。----当時からこんな表現があったんですね。しかも、もう探偵小説というのが一般的になってたとは。もっとも黒岩涙香がすでに翻案の探偵小説をいくつか発表していたからあたりまえですか。

ここで、なぞなぞ。当時高利貸しは「アイス」と呼ばれていました。なぜでしょう? ちょっと考えてみてください。






<答え>
高利貸し⇒氷菓子⇒アイスと連想したしゃれによるもの。

今回は随分と長くなってしまいました。ここら辺で締めましょう。

冒頭でも申し上げたようにこの小説は紅葉の死によって未完に終わっています。最後の方で貫一と宮の関係に変化の兆しが見られるため、これは残念です。「その後」が気になって仕方がありません。しかも、熱海の別れの場面での宮の含みのある発言を始めとしていくつかの謎が未解決なまま残されており、それが解決しないまま終わるので殊更です。「これから面白くなるのに」と歯噛みしたくなります。

紅葉が『金色夜叉』の腹案を残していて、そこから構想の一端を知ることができます。そこから宮と貫一の行く末も知ることができますが、それについてはここでは伏しておくのが賢明でしょう。気になる方は巻末の「解説」をお読みください。それに、当たり前の話ですが、構想を知るのと実際に物語を読むのとは違いますからね。やっぱり、この後を読みたかったというのが正直なところです。そうすればこの小説の評価も大いに変わっていたでしょう。(←これも当たり前の話ですね。)

先に、貫一の考え方や行動が納得いかず不満というようなことを書きましたが、その納得いかない考え方や行動はそのままにして、いっそのことそこから突き抜けてもっと悪逆非道を重ねて、高利貸しとしてのし上がるなんてストーリーにしたら、あるいはピカレスク・ロマンとして面白くなったかもとも思います。

【じっちゃんの評価:★★★】

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COMMENT

もう読んだような気に

なってしまいました。
そうなんだ。未完だったのね。
なぜか「金色夜叉」ってわざわざ読もうと思わなかったりするし。
じっちゃんさんのこのレビューで読んだことにしといたらあかん?

私も未完だったとは知りませんでした。

しかも未読。

純粋な悪というのはそうそうお目にかかれないので、

ピカレスクロマンというのは良いアイデアですね。


モーツアルト『ドンジョバンニ』のように、

地獄につれていかれる間際まで悔い改めない悪い男なんて、

かっこよく思えたりします。

挑戦したことあります

『金色夜叉』に挑むとは、さすが、じっちゃんさんは守備範囲が広いですねえ。

当方も過去に挑戦したことがありますが、かなりがんばって読み終えた印象だけが残っています。

じっちゃんさんが挙げているような点については、たしか『百年の誤読』あたりでもつっこまれまくっていましたね。(この『百年の誤読』自体もAmazonのレビューなどではさんざんな書かれ方ですが)。

古いものはけっこう嫌いじゃなくて、もちろん作家によりますが、明治大正のものも読んだりしています。なので、古い文章自体は苦手ではないもので、漱石や荷風が再読に耐え、おもしろく読めるのに比べると、『金色夜叉』はキツいなあ、という印象しかないのですが、じっちゃんさんのまとめを見て、もう一度ぱらぱらやってみたくなりました。

おむすびさん、bobさん、空犬さん、いらっしゃい。

v-34 おむすびさん
>未完だったのね。
未完というのは僕も読むまで知りませんでした。
(どこかで聞いてたとは思うのですが、少なくとも思い出しませんでした)

>なぜか「金色夜叉」ってわざわざ読もうと思わなかったりするし。
それが普通の反応です。

>じっちゃんさんのこのレビューで読んだことにしといたらあかん?
いいんじゃないですか(笑)

v-34 bobさん
>私も未完だったとは知りませんでした。
上記参照(笑)

>しかも未読。
それが普通です。
私のような物好きは少ないでしょう。

>ピカレスクロマンというのは良いアイデアですね。
ご賛同ありがとうございます。
『金色夜叉』はうじうじとしていて陰湿で
そこんとこを突き抜けてドライにいったらもっと面白かったんでは
と思っちゃいます。

>モーツアルト『ドンジョバンニ』のように、
>地獄につれていかれる間際まで悔い改めない悪い男なんて、
>かっこよく思えたりします。
『ドンジョバンニ』の内容は知りませんでしたが、
そうですよね。いっそのことそこまで突き抜けた方がいいです。

v-34 空犬さん
そっかー『百年の誤読』は読みましたが、すっかり忘れてました。
今読み返してみましたが、トヨサキ、大森とも突っ込んではいる
もののかなり好意的な評価をしてますね。
このレビューを書くときに、過去何かの書評で「『金色夜叉』に最初に
出てくるセリフが「うむ、臭い」というのが笑える」というのを読んだ
記憶があって、過去に読んだ書評本をあたったんですが、
見つからなかったんですよね。中野翠さんの『ムテッポー文学館』か
『ふとどき文学館』だとばかり思い込んでいたこともあって。
『百年の誤読』だったんですね。

>『金色夜叉』はキツいなあ、という印象
僕も正直途中キツイところがありました。
読むの時間かかったし。

おじゃまします

金色夜叉といえば、『ダイヤモンドに目がくらみヤイヤ、ヤイヤ・・・』
ぐらいしか知りませんでした。
貫一お宮ってよく聞く名前なのに、小説の方は
とんと縁がないです。

じっちゃんさんのレビューを読ませて貰う限り、
貫一、お宮も随分自分勝手な人たちの様で・・・
読んでると、ヤキモキしてイライラしてきません?
それに未完だともっとモヤモヤしそうです。

でも、たまには純文学に触れるのも良いかもしれないですね。^^

>金色夜叉といえば、『ダイヤモンドに目がくらみヤイヤ、ヤイヤ・・・』
>ぐらいしか知りませんでした。
僕が紹介しているシーンですね。

>貫一お宮ってよく聞く名前なのに、小説の方は
>とんと縁がないです。
ふつう、そうです。

>貫一、お宮も随分自分勝手な人たちの様で・・・
僕にはそのように思えました。

>読んでると、ヤキモキしてイライラしてきません?
イライラしましたさ~。

>それに未完だともっとモヤモヤしそうです。
モヤモヤしてます。

>でも、たまには純文学に触れるのも良いかもしれないですね。
これ、いわゆる純文学ではないですね。大衆小説ないしは、
今で言う中間小説、あるいはエンタメですね。
僕のレビューのカテゴリも"Literature"ではなく”Entertainment"
にしています。

よ~く耳にした題名でした・・・

チャップリンの映画はともかく、トーキーとか初期の映画ってとっても今は鑑賞できたモンじゃぁありませんよね、 でも当時はセンセーショナルだったんでしょうね~。
そういうセピア色の小説にチャレンジ?されるのはやっぱり流石じっちゃんだ、と感心してしまいました!

梓の小鳥さん、おっはーです。

>チャップリンの映画はともかく、トーキーとか初期の映画って
チャップリンは図抜けて面白いですからね。
私も大好きです。奇遇にも日本では今週NHK衛星放送第2が
チャップリンの映画を特集してて『モダン・タイムス』『街の灯』
『独裁者』などの傑作群を放映します。
(私は『独裁者』はあまり好きではありませんが)

>そういうセピア色の小説にチャレンジ?されるのはやっぱり流石じっちゃんだ
小説の方は結構古いのでも面白いのがありますからね。
つまらなかったら、いくら物好きな私でも手は出しません。
紅葉は先日の神田古本まつりで、もう一方の代表作『多情多恨』を
購入したので、そのうち読むつもりです。

おじゃまします。

>僕のレビューのカテゴリも"Literature"ではなく”Entertainment"
見落としてしまい大変失礼しました。
純文学も、大衆文学もよく分ってない空虚者にお許しを!(^^;A)

>>僕のレビューのカテゴリも"Literature"ではなく”Entertainment"
>見落としてしまい大変失礼しました。
>純文学も、大衆文学もよく分ってない空虚者にお許しを!(^^;A)
いえいえ、今の基準では「純文学」に分類するのが普通でしょうね。
僕が勝手に「大衆文学」に分類しているだけで。
恐縮される必要はありません(^O^)

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