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じっちゃん

Author:じっちゃん
翻訳家。
もとコンピュータ技術者。二足の草鞋で翻訳を始め、定年後フリーランサーに。
【趣味】
①読書:ミステリを中心に時代・歴史小説、歴史や科学などのノンフィクション
②四国遍路(2015年11月結願)
③街道歩き(現在敢行中)
④SNS(ブログ、Facebook、Line)
⑤観劇
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ロシア文学の父ゴーゴリを読む-『外套・鼻』


ゴーゴリ, 平井 肇 / 岩波書店
Amazonランキング:15671位
Amazonおすすめ度:


小説好きなら誰しもドストエフスキーの『罪と罰』とかトルストイの『戦争と平和』とかいったロシア文学に挑んだことがあるのではないでしょうか。私もそのひとりです。残念ながら、挑戦のたびに跳ね除けられて途中で膝を屈しているのですが。

最近、その苦杯を嘗め続けているロシア文学に再び挑もうという機運がわが身の中で高まっておりまして、本当はさっきも書いた『罪と罰』とか『戦争と平和』に挑みたいところですが、あれらはかなりの長編ですし、挑むには相当気合の充実が必要です。それにロシア文学のど真ん中本丸ですし、今回挫折したら二度と立ち直れなくなるかも知れません。

で、小手調べってことで(チェーホフ先生ごめんなさい!)チェーホフの短編集『可愛い女・犬を連れた奥さん―他一編 』を読んだのでありますが、これがさっぱり面白くない。あらら、やっぱりおれにはロシア文学は合わないのかといささかがっくりいたしました。

「しかし、これくらいでひるんでいてはロシア文学との仲直りはできん」と次に挑んだのがゴーゴリの『外套・鼻』。これも短編であります。なぜゴーゴリでしかも『外套・鼻』かというと、以前イーゲルさんという方のブログで絶賛していたのを見て興味を持っていたところ、古本屋で3冊100円で叩き売られているのを見つけて即購入していたから。

で、「またつまんなかったらどうしよう」とこわごわ読み始めたわけでありますが・・・・。

--------------------
読んだらこれが面白い。私、文学的・思想的にこの作品にどんな意味があるかを論じる技量はありませんので、それは擱いて、純粋に面白いかどうかで作品の価値を判断するしかないのですが、その意味では花マル合格点でした。最初から最後まで興味が途切れることなく読みきれましたし。

特筆すべきはそのユーモア。この「外套」「鼻」って芥川の短編のようなユーモアあふれる作品なのです(※)。私、読みながら途中でぷっと噴き出したり、クッククック笑いましたよ。ロシア文学って、重厚長大で堅苦しいイメージだったので、こんな軽妙洒脱な作品があるとは思いませんでした。
 ※それもそのはず。ゴーゴリの作品は芥川に直接的で大きな影響を与えたそうです。

特に「鼻」なんかハチャメチャ。主人公が朝起きると唐突に鼻がなくなっている。街に探しに出かけると、鼻が一個の人格になっていて街中を跋扈している。で、その鼻を捕まえて「お前は俺の鼻だ」と迫るんですが、当然ながら鼻は承知せず、そのまま去ってしまう。そこから、主人公と鼻の追っかけっこが始まるわけです。その過程で鼻をなくした主人公の悲喜劇が描かれるんですが、それがおかしくておかしくて。

身体の一部が独立した人格を持って歩き回るなんて、山田風太郎の奇想小説を思い浮かべましたよ。でもってネットで調べたら、山田風太郎は若き頃ゴーゴリを愛読していたそうです。やっぱりね。芥川のみならず山風までに影響を与えるとは恐るべしゴーゴリ!

もうひとつの「外套」はドストエフスキーをして「われわれは皆ゴーゴリの『外套』の中から生まれたのだ!」と言わしめ、後のロシア文学に大きな影響を与えた名作(らしいです。後書きに書いてありました)。「外套」がどこをしてドストエフスキーたちをそこまで感銘せしめたのか凡人の私には分析できませんが、ゴーゴリの人物造形の確かさ、ストーリーテリングの巧みさは私にもわかります。

主人公はアカーキイ・アカーキイエウィッチ・バシマチキンという名の貧しい下級役人。まず、この名前からしてがおかしい。姓のバシマチキンはゴーゴリによれば短靴(バシマク)に由来するとのことですが、そう言ったあとでゴーゴリはこう続けます-「しかし、いついかなる時代に、どんなふうにして、その姓が短靴という言葉から出たものか--それは皆目わからない。父も祖父も、あまつさえ義兄弟まで、つまりバシマチキン一族のものといえば皆がひとりのこらず長靴を用いて(いたのだから)」と。文豪なのに随分とぼけたヤツです。

アカーキイ・アカーキイエウィッチという名前もふざけてる。「アカーキイの息子アカーキイ」という意味ですから。どうしてこんな名前になったかというと、誕生時に命名を依頼された産婆が暦(※1)を調べたところ命名候補がトリフィーリだのワラハーシイだのという突拍子もない名前ばかりで(※2)、困り果てた末に「ええい、面倒」とばかりに父親の名前をそのまま付けてしまったという次第。これもとぼけた話です。
 ※1 ロシア正教の暦には各々その日に命名すべき名前の候補が数個ずつ掲載してある由。
 ※2 日本人にはどう突拍子もないのかわかりませんが、なんとなくヘンだなとは感じますかね。

この命名にまつわるエピソードで読者はまずハートをつかまれてしまいます。で、続けて語られるアカーキイの人物像がこれまたいいんです。

アカーキイの仕事は、出来合いの書類を清書したり書写したりするという、あまりぱっとしない仕事。しかしアカーキイは、その仕事に情熱を傾けて誠心誠意取り組みます。しかも、義務感からそうしているのではなく、その仕事が楽しくてならないのです。アカーキイの熱中ぶりは、もう仕事熱心を超えて文字フェチといってもいい境地にすら至っています。そこらあたりについてゴーゴリの文章を見てみましょう。

「ある種の文字にいたっては非常なお気に入りで、そういう文字にでくわすというと、もう我を忘れてしまい、にやにや笑ったりめくばせをしたり、おまけに唇までも手伝いに引っぱり出すので、その顔さえ見ていれば、彼のペンが書き表しているあらゆる文字を一々読み取ることもできそうであった」

ヘンなやつですね。さらに、彼は「楽しい」仕事を家に持ち帰ってまでするのですが、そうした仕事がない時には「自分の楽しみだけにわざわざ写本をつくる」ことまでします。ほんとにヘンなやつですが、まあ憎めない人物であることは確かです。こんなアカーキイを周囲は皆バカにしますが、アカーキイはあまり気にしていません。

こうしたゴーゴリの巧みな人物造形によって読者はいつの間にか彼に肩入れしてしまいます。こうして読者がすっかり主人公に感情移入したところで物語は滑り出します。

そのきっかっけがタイトルにある「外套」です。アカーキイの外套は着たきりすずめのぼろぼろ、あちこちが透けて見えるほど擦り切れていて、これも同僚たちの嘲笑の的になっています。新品の外套は高くてとても手がでないので修理修理でしのいできたのですが、厳冬を迎えてとうとう新品に買い換えざるを得なくなる。なんとか新品を買わずに済ませられないかと苦労するアカーキイの苦労が(アカーキイには申し訳ないのですが)笑えます。そして、とうとう清水の舞台から飛び降りて(?!-ロシアではどこから飛び降りるのかな?)、新品の外套を誂えるのですが、その外套が出来るまでのワクワクした気持ち、届けられた時の喜び、有頂天! よーくわかります。私たちにたとえれば、新しく家を買ったときのような気持ちでしょうか。

アカーキイは無上の幸福に包まれますが、ここから物語は思いがけない方向に転がり始めます。これから読まれる方のためにここからのあらすじは書きませんが、最後には「鼻」を思わせるような奇想も盛り込まれていて、やっぱりゴーゴリはお茶目なやつです。

その中で、位の高い役人を始めとして高級と思われている(自分でも思っている)人々のくだらなさ、薄っぺらさがたっぷり描かれます。いったい、彼らは赤貧で平凡で何のとりえもないように見えるアカーキイと比べて本当に「高級」と言えるのか、「幸せ」と言えるのか? ひょっとしたらひとつの仕事に打ち込むアカーキイの方が「高級」で、新品の外套を購っただけで無上の歓びを覚えることのできるアカーキイの方が「幸せ」なのではないのか?-ゴーゴリはそう訴えかけているようにも思えます。

ここで正直なところを申し上げますと、後半部分を読み進めながら、物語の展開が少しご都合主義的だし、乱暴な気もしてちょっと気に入りませんでした。ところが、読み終わってしばらくたってから、心の底から何か余韻のようなものが立ちのぼってくるのを感じました。何というんでしょう、しみじみとした悲哀というか、静かな怒りというか、愉快でほのぼのとした気持ちというか、そういったさまざまな感情がないまぜになったような・・・・。読み終えるまではちょっと不満だったのに、読み終わったとたんにそういうヘンテコな気持ちにさせられる。そこんところが名作の名作たる所以でしょうか。

ゴーゴリには他にも『狂人日記』『査察官』『死せる魂』といった名作群があるので、これから読むのが楽しみです。

【じっちゃんの評価:★★★★】

蛇の足1
知らなかったんですけど、ゴーゴリってプーシキンと並んで「(近代)ロシア文学の父」と呼ばれてんですね。ロシア文学って19世紀がピークで、皆さんご存知と思いますが、以下のような偉大な作家を輩出してます。

  プーシキン (1799年 - 1837年)
  ゴーゴリ (1809年 - 1852年)
  ツルゲーネフ (1818年 - 1883年)
  ドストエフスキー (1821年 - 1881年)
  トルストイ (1828年 - 1910年)
  チェーホフ (1860年 - 1904年)

こうした偉大なる作家たちに大きな影響を与え、ロシア文学を近代化させる原動力になったってんですからたいしたもんです。こんな偉大な作家に対して、本文中「やつ」呼ばわりしたり、数々の失礼があったことをお詫びいたします。

蛇の足2
『外套・鼻』については、「査察官」を加えた新訳が光文社文庫から出ています。そちらは「本当のゴーゴリは“噺家”だった。笑いあふれる落語調の新訳3編」という触れ込みで、落語調に訳されて」いる(イーゲルヒュッテさんによる)そうです。私が読んだ岩波文庫の平井先生の訳もすばらしいので、新訳とどちらがいいかは好みの問題になりそうですね。

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COMMENT

TBさせて頂きました

おお、詳しい。
ロシア文学が苦手とは思えない濃いレビューですよ!
写字フェチのアカーキイ・アカーキエヴィッチは新訳の解説に
よると、「アカーアカー」と長音の繰り返しが耳に付く
主人公名ですが、「カーカー」とはウンチを意味するんだとか!江川卓が落語風に訳したものではアカーキイ・アカーキエヴィッチを運五郎と訳したらしいです。
この「カーカー」のことを知れただけでも落語調の新訳を読んだ甲斐はあったように思われます。
(もちろん、ゴーゴリの生涯について詳しく書かれているので、彼の人となりを知るにはちょうど良かったです。)
最後の幻想的小説風な仕上がりはかえって不条理さが加わった感じで好きです。

イーゲルさん、早速ご覧いただきありがとうございます。

>おお、詳しい。
>ロシア文学が苦手とは思えない濃いレビューですよ!
お恥ずかしい。今見ると、長いですね。もう少し刈り込むべきでした。
ゴーゴリの面白さを伝えようとムキになっちゃって。

>「カーカー」とはウンチを意味するんだとか!
ああ、そうなんだ! ロシア人はそれを連想するわけですね。
でも「運五郎」はイマイチですね。
やっぱり「ウン」が二つ続かないと面白くないです。
「雲野雲之助」とかね。これもイマイチか。

>最後の幻想的小説風な仕上がりはかえって不条理さが加わった感じで好きです。
同感です。あれがあったおかげで物語に広がりと深さが加わりましたよね。
その前で終わってたらカタルシスがないですしね。

こんにちは^^

お2人とも内容の濃いレビューとコメントですねぇ(;´д`)

ドストエフスキーの「罪と罰」や「地下室の手記」にハマった口ですが
他の作家さんはまだ未読なのでこれを機会に挑戦してみたいと思います。
イーゲルさんやじっちゃんさんの2人のオススメなら外れることもないでしょうし。

シンさん、おばんです。

ドストエフスキー読まれたんですか。しかもハマった!
もうそれだけで尊敬です~。
ゴーゴリもいいですよぉ。
保証はしませんけどね、人それぞれですから( ̄ー ̄)

ロシア文学

といえば、私なんかはどうしても児童文学を思い浮かべてしまいます。
「てぶくろ」「森は生きている」「おだんごぱん」「三匹のクマ」いろいろ。
「三匹のクマ」ってトルストイだったような。
罪と罰はよみましたがはるか少女の頃なので・・・
ゴーゴリは読む価値ありそうですね。

おむすびさん、おはようございます。

児童文学もありましたね! 
私も「おだんごぱん」以外は知っていますし、読んでます。
「森は生きている」は子供の頃劇でも見た記憶があります。
「三匹のくま」はヨーロッパに伝わるお話でトルストイが
再話しているそうです。

それから、題名を思い出せないのだけれど、子どものころ
ロシアの学校(日本の小学校にあたる)を舞台にした
児童文学を読んだのを懐かしく思い出しました。
ストーリーはもはや覚えていないのですが、
貨幣の単位としてルーブルとかコペイカと聞いたこともない単位が
出てきてとても新鮮な気持ちがしたことを覚えています。

>ゴーゴリは読む価値ありそうですね
ありですよ~。よろしければぜひ。

はじめましてv-22


ロシア文学が好きなので、こちらのゴーゴリのレビュー、とっても楽しく読みましたv-344
『狂人日記』も、主人公は万年9等官です。「グロテスク」な世界を描いているので、面白いと思いますv-354
ゴーゴリとホフマンは、「グロテスク」文学の作家として、よく比較されますよね。
ところで、ゴーゴリの作品には“鼻”をモチーフにした表現がよく登場します。ゴーゴリ自身が、自分の鼻に劣等感を持っていたからなんだそうですv-521

ミカさん、おはようございます。

ロシア文学お好きなんですね。
当方は前から気にはなっていたものの
『罪と罰』『戦争と平和』などに挑戦しては挫折をくりかえしてた結果、
長いこと離れていたのですが、
イーゲル・ヒュッテさんという方のブログで
「ゴーゴリが面白い」との記事を見かけて
読んでみたら面白かったというわけです。
その後チェーホフやツルゲーネフなどを読みました。
今度は挫折体験しているドストエフスキーに再チャレンジ
しようかなと思っているところです。

ゴーゴリの「鼻」の件初めて知りました。
へえ、そうなんですか?

『狂人日記』も気になっている作品です。
読む本リストに加えておきます。

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