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じっちゃん

Author:じっちゃん
翻訳家。
もとコンピュータ技術者。二足の草鞋で翻訳を始め、定年後フリーランサーに。
【趣味】
①読書:ミステリを中心に時代・歴史小説、歴史や科学などのノンフィクション
②四国遍路(2015年11月結願)
③街道歩き(現在敢行中)
④SNS(ブログ、Facebook、Line)
⑤観劇
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般若心経の入門書として最適の一冊~『般若心経の本』(Books Esoterica)



 四国遍路では各札所で般若心経を読む。

 読むとなれば、その意味も知りたくなる。「意味なんて分からんでよろしい。ひたすら唱えるだけでよい」という意見もあるが、ぼくとしては意味も知りたい。

 だから、これまで般若心経に関する解説書は何冊も読んできた。定評ある松原泰道さんのもの、妙心寺の住職松原哲明さんのもの、大正期の仏教学者高神覚昇さんのもの、芥川賞作家の玄侑宗久さんのもの、そして瀬戸内寂聴さんのもの。しかし、いずれも隔靴掻痒というのがぼくの感想だ。経文の大意はぼんやりと分かってきたのだが、細かいところがしっくりこない。

 般若心経は言いたいことを100パーセント書いてあるというようなものではない。曖昧な個所、行間を読まなければならない個所がいくつもある。そこのところは読み手ひとりひとりが解釈することになる。だから、上にあげたいずれの読み手も自分なりの解釈を披露することになる。そのこと自体は仕方がないのだが、その解釈がぼくの考えとしっくりこないのだ。何かが足りなかったり、何かが余ったりしてしまう。

 本書もその点では例外ではない。しかし結局それは、ぼくがないものねだりをしているからなのだ。行間は自分で埋めなければいけないし、それぞれが解釈しなければいけないのだろう。いや、そもそも解釈することすら必要でないのかもしれない。さきほど「大意ははぼんやりと分かってきた」と書いたが、それでいいのかもしれない。

 だいいち、そもそも論を言えば、今われわれが手にしている般若心経も原典(Made in Indiaだ、もちろん)そのものではなく、サンスクリット語の原典を玄奘三蔵が漢語に訳したものである。すでに、三蔵の解釈が紛れこんでしまっている。

 本書が他書と違うのは、般若心経に書かれていることの意味や思想を解説するだけでなく、その周辺知識(般若心経の成立過程、仏教経典の中の位置づけ、日本以外での状況、四国遍路との関係など)も書いていたり、現代人との関わりにも言及していたり、横尾忠則など著名人のエッセイが掲載されていたり----要するに、般若心経に関する総合的なガイドブックになっていることだ。写真(それも美しい写真)や図版が多いのもうれしい。そういう意味で、般若心経の入門書として最適な一冊のひとつではないかと思う。
【じっちゃんの誤読的評価:★★★☆】

【蛇足】
 般若心経は、この世の事物や現象はすべて「空(くう)」であり、「空」こそがこの世の本質だと説く。そんな「空」なものに執着してどうなるのだ、その執着を捨てれば楽になると言う(ここには、もうぼくの解釈が入っている)。
 こんな高度な思想が紀元前に生まれていたとは驚きである。ぼくはこの教えで救われました、ほんとに。
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COMMENT

No title

私は難しいことが苦手で、「般若心経絵本」というのを読んだことがあります。
絵が多くて文字が少なく、サラッと読めました。
最後の方で「おかあさ~ん」と、大きな海の中でぽっかりと浮かんで甘えていればいいというところで、ほんわかしました^^

般若心経について、いろんな本がありますが、簡単に分かりやすく書かれているのが良いですね^^

「空即是色」というのは、こだわりが無くなりそうで嬉しい^^v

般若心経とは関係ないのですが……

自分のブログには一切書いていませんが、実は、僕も去年から、個人的に仏教の勉強をしています。

何故、ブログに一切書いていないかというと、僕自身、仏教を勉強していて、疑問だらけで、まだまだ書くべき「自分の言葉」を持てないでいるからです。

自分の言葉として書かずに、聴き齧りの「誰かの言葉」を並べていると、妙に抹香臭い変なブログになってしまうような気がしまう。

宗教の入門書、解説書の類を読むたびに思うのですが、途中までは誰にでも解るように書いてあるのに、途中から「その宗教が正しいことを無条件で受け入れ、信じなければ、理解できない」ところに飛躍しているものが多いように思われます。
科学的・客観的な「どうして?」を連発していると、いつまで経っても解らないことが多いように思われます。

そういう本を読むたびに、僕は、「信じること」と「信じないこと」の間には理論的な飛躍があるのかな?と感じたります。

まあ、こんなことを書いているのは、僕が「宗教」や「信仰」の本質的な部分を理解していないからなのかもしれませんが……

あ、すみません。関岡さんのブログの内容からは、随分ずれてしまいましたね。

赤ちゃんの写真、また掲載して下さい。

No title

アイマイさん

>>大きな海の中でぽっかりと浮かんで甘えていればいい
まさにそれが般若心経の言いたいことかもしれませんね。難しいことは考えずにすべて仏に委ねよと。

こだわりをなくすというのも般若心経が説いていることだと思います。

No title

トキバエさん

トキバエさんも仏教の勉強をされているのですか。

いろんな宗教がありますが、(日本的)仏教(それと、あえて言えば日本古来の神道)がもっとも私にはしっくりくる気がします。もっとも、そう言えるほど、他の宗教に通じているわけではありませんが。

>>途中から「その宗教が正しいことを無条件で受け入れ、
>>信じなければ、理解できない」ところに
>>飛躍しているものが多いように
おっしゃるとおり。まさにそこのところが、私の「隔靴掻痒」感の主な出所です。偉い坊さんや学者さんでも大したことないなと不遜なことを思ったりします。

赤ちゃんの写真のリクエストありがとうございます。2月4日に息子のところへ行くので、そのときに写真を撮ってきます。

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