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じっちゃん

Author:じっちゃん
翻訳家。
もとコンピュータ技術者。二足の草鞋で翻訳を始め、定年後フリーランサーに。
【趣味】
①読書:ミステリを中心に時代・歴史小説、歴史や科学などのノンフィクション
②四国遍路(2015年11月結願)
③街道歩き(現在敢行中)
④SNS(ブログ、Facebook、Line)
⑤観劇
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美しい生きざま~『キュリー夫人伝』



 今翻訳している原書の中にキュリー夫人が出てくる。ごく短い断片的なエピソードだが、それを読んでキュリー夫人についてもっと知りたいと思った。そこで手に取ったのが本書である。

 著者エーヴはキュリー夫人の次女である(※1)。キュリー夫人の実の娘が母親の伝記を書いているなんて今の今まで知らなかった。エーヴは完全理系だった両親、そして姉(※2)とは異なり、科学よりも音楽や文学に関心を示し、コンサート・ピアニストとしても活躍したという。本書は、その文系的才能がいかんなく発揮され、素晴らしい文章と構成で「名作」の呼び声に恥じない作品となっている。

※1 写真(下)で見るかぎりとても美しい人。両親も美男美女だったのでそれを受け継いだのだろう。
Ève_Curie_1937

※2 長女のイレーヌは両親と同じ道を歩んで物理学者となり、キュリー夫人の死の翌年夫ともにノーベル化学賞を受賞している。母娘で3回ノーベル賞を受賞しているわけだ。こんな親子は後にも先にもいない。


 本書はキュリー夫人の誕生からその死までを時系列で丹念にたどった、ぼくの好きな正統派の伝記である。貧しいポーランドの少女から世界的な著名人へと登りつめていくキュリー夫人の一生は、印象的なエピソードに満ちており、それらにいちいち言及していたら、いくら紙数があっても足りない。だからここでは雑駁な感想を書くにとどめたい。

 著者は本書において、自分のことを一人称ではなく三人称で呼ぶなど、第三者的な立場を貫き、妙な感情移入を排そうとしている。とはいえ、時折(たとえば、父親の死の場面や、名声を得た後の母親の苦悩の場面など)娘としての感情がほとばしり出る個所もあって、それもかえって好感が持てる。

 優れた伝記に共通することだが、いいとこどりばかりしたのっぺりした話(子ども向けの伝記を想像していただきたい)にはなっておらず、キュリー夫人の喜びも悲しみも、栄光も苦悩も、長所も欠点も描いて、厚みのある内容になっている。ただ、娘という立場からだろう、両親の「悪い」点については若干筆が控えめのような気がするのは凡人の僻目だろうか。

 キュリー夫人が苦悩する場面としては、夫ピエールの死の場面がやはり最も強烈な印象を残すが、次女(つまり著者のエーヴ)誕生の前に、今から見れば完全に「鬱」と思われる症状に陥る場面があって、これも同じ病で苦労したものとして印象に残る。

 本書を読んで最も感動するのはキュリー夫妻が無私無欲で自分より科学の進歩を優先させたこと。たとえば、ノーベル賞につながるラジウムの精製方法を発見したとき、特許を取れば将来莫大な富が約束されていたのに、キュリー夫妻はこう言ってその道を選ばなかった。
「科学者はつねに自分の研究をすべて発表するものよ。(中略)(科学の成果)から利益を引き出すなんてとんでもないことに思える」
「そうだね。そんなこと、科学の精神に反するね」

 ノーベル賞その他で多額の賞金をもらったときも、自分たちのためよりも他人のため、科学研究のために使った。恩人たちにお礼をし、貧しい学生に奨学金を出し、科学設備を充実させたのである。

 そして、本書で初めて知って驚いたことだが、キュリー夫人の貢献は科学上のものにとどまらず、第一次世界大戦中命を賭けた八面六臂の活躍をしているのだ。放射線が大量の傷病者をすくことができると判断した夫人は、私財を投げ打って放射線治療車を20台作り、それを各地に派遣したばかりでなく、自らも治療車を運転して戦地に赴き、傷病者たちの手当てに力を尽くしたのである。こうして合計で100万人以上の兵士を救ったという。まるでナイチンゲールを思わせる活躍である。

 こうして私財をほとんど失い、研究に必要なラジウム1グラムが買えなくなったキュリー夫人に手を差し伸べたのがフランス本国ではなくアメリカだったというのも印象的なエピソードである。夫人を敬愛するアメリカの出版人メロニー夫人が全米キャンペーンを行って、ラジウム1グラム分の代価十万ドル(現在の90万ドルに相当)を募金で集め、それを夫人に贈呈したのだ。その贈呈の舞台がホワイトハウス、贈呈者が時の大統領ハーディングというのもドラマチックである。

 こうした底抜けの好意と行動力を見ると、アメリカはやはりすごい国だなと見直したくなる。ときとしてその「好意」と「行動力」が誤った方向に向けられるのが残念だが。

 ぼくの悪い癖で、短く簡潔に書くつもりだったのが、長くだらだらと書き連ねることになってしまった。もうここらで締めくくろう。

 その前にひとつだけ。キュリー夫人は本を読むのが好きで、若い頃はドストエフスキーが大好きだった。ところが、年を取ってからはドストエフスキーから遠ざかった。夫人はエーヴに本の好みを聞かれてこう答えている。
「気のめいらないもの。つらくてやりきれない小説は、あなたみたいな若さがないと読めないから」

 ぼくも最近つらくてやりきれないものは、小説に限らず、映画やドラマも敬遠しているので大いに共感した次第(もっとも、ぼくの場合は、若い頃もドストエフスキーは何度読んでも投げ出してしまったが)。

 この本を読んで最も心打たれたのは人びとの生き方の美しさだ。キュリー夫妻はもちろん、夫妻の娘たち、キュリー夫人の親兄弟・親戚、ピエール・キュリーの親兄弟・親戚、そして周囲の人たち、その誰もが美しく生きている。私利私欲に乏しく、他人に対する心からの思いやりがあり、貧しい中に幸せを見つけている。それをひと言で表せば「清貧」ということだろう。現代の私たちが見習わなければならない生き方がそこにはある。

「いまさらキュリー夫人なんて」と言う人にもお勧めしたい傑作である。
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COMMENT

小学生の時に読んだきり

ピットママもご多分に漏れず、小学校の時に読んだきりです
じっちゃんのお仕事に関連して、この本を読まれたんですね〜
流石にじっちゃん o(^ - ^)o

色々な背景を知った上での翻訳をしたいという感じが伝わってきます
とても興味深い本のようですね〜
娘さんが書いているのが説得力ありそうです
何時読めるかはわからないけど読みたくなりました(*^ . ^*)エヘッ

No title

面白い「感想」ですね^^
本が面白いと、感想も面白くなるのですね。

>「科学者はつねに自分の研究をすべて発表するものよ。(中略)(科学の成果)から利益を引き出すなんてとんでもないことに思える」

理研に聞かせてあげたいセリフ(笑)

確かに、気楽に読める本が良いですね。小難しい本は若いうちにしか読めませんよね、特に夏目漱石の重々しいものは。
ドストエフスキー、登場者の名前が覚えられない(笑)

新聞も犯罪などの怖い記事を飛ばしてしまうようになりました。若い人はやはり紙の新聞を取らないのですね。
でも、読むのは変ではない!(笑)

No title

ピットママさん

私も小学生の頃読んだきりでした。
この本を読んで、キュリー夫人について何も知らなかったことを痛感しました。

今翻訳しているものの中には、ナイチンゲールやストウ夫人、サラ・ベルナールなども登場します。

ナイチンゲールについても、ごく短い伝記を読みましたが、彼女についても知らなかったことが多く、伝記を読んでいて驚かされっぱなしでした。もっと長いものを読みたいと思っていますが、なかなか適当なのがなくて。

サラ・ベルナールについては入手済みですので、これから読むつもり。

ストウ夫人については、あの村岡花子が書いたものがあるので、図書館で借りるなり入手するなりして読みたいと思います。

No title

アイマイさん

この本、掛け値なしに面白いです。
キュリー夫人の一生、波乱万丈すぎます(笑)

新聞(に限らず雑誌・書籍を含めた印刷文化)は大きな過渡期に来ているのでしょうね。これから、5年、10年の間に大きな変化があるように思います。それがいい変化ならいいのですが。

もっとも、大きな変化というものは、最初どうしても「悪い」ものに見えてしまうものなのかもしれません。テレビの普及のときも「一億総白痴化」などと批判されました。

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