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じっちゃん

Author:じっちゃん
翻訳家。
もとコンピュータ技術者。二足の草鞋で翻訳を始め、定年後フリーランサーに。
【趣味】
①読書:ミステリを中心に時代・歴史小説、歴史や科学などのノンフィクション
②四国遍路(2015年11月結願)
③街道歩き(現在敢行中)
④SNS(ブログ、Facebook、Line)
⑤観劇
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猫バカ話、犬バカ話から終末医療論まで~『ねこバカ×いぬバカ』



『バカの壁』の著者で猫好きの養老孟司と『患者よ、がんと闘うな』の著者で犬好きの近藤誠の対談。

 タイトルどおり、猫バカ、犬バカまる出しの話から始まる。実際に犬を飼っている者としては「あるある」話が満載で楽しい。こわもてのご両名が猫や犬を抱いてでれ~としている写真も微笑ましい。そして「不便で手がかかるからこそ」ペットはかわいいし、人間にとってもよい効果があるというご両名の意見に深くうなずく。

 話はしだいに犬猫のしつけ論へと入っていく。ここでは両者の意見は一致する(というか、全般に渡っておふたりの意見はほぼ一致している)。どう一致するかというと、要は「無理にしつけない」ということである。養老先生は「本人がいやがることは一切しない」」と言い、近藤先生は犬に芸を教えこむことができず、(飼い犬の)ボビー君ができるのは「待て」だけだとおっしゃる。

 ぼく自身、最初に犬(ぷぅである)を飼ったとき、犬のしつけ本を読んで厳しくしつけようと試み、すっかり犬に嫌われてしまったという苦い経験を持つ(ぷぅにとってもいやな思い出だろう)。一般的な犬のしつけ本には「悪いことをしたら厳しく叱れ」とか「散歩のとき飼い主の前を歩かせるな」とか「(人間の)食事どきに食物を与えるな」とか「ベッドには犬を乗せるな」とか書いてあるが、あれは欧米式であって、日本人には合わないと思う。

 さらに話は、(人間の)子育て論、人生論へと発展していく。

 両者とも「子どもにはあれこれ指図しない」主義とのこと。ぼくもそういう主義で子どもを育ててきた(つもり)なので大いに共感した。養老先生は言う。

「あれこれ口を出すと、その子が持ち合わせていないものを、外側からつけ加えることになるから」

 まったく同感である。

 さて。近藤先生は「がん放置療法」や「健診無用(害毒)論」を展開し、医学界から総スカンを食らっている医師である。一方の養老先生も同じ医師だが、東大の元教授にして現在名誉教授という、いわば「医学界」側に立つ方である。だから、近藤先生の考えの信奉者であるぼくとしては、近藤先生の考えに対して養老先生がどんな意見を持っているのかが気になるところである。

 意外にというか、予想どおりというか、両者の意見はここでも一致する。

「健診無用(害毒)論」に関しては、養老先生自身「昔っから健診には行ってません」と断言し、「医者たちはあんなもの役に立たないとわかっているんだよね」とまで言う。養老先生の東大でも近藤先生の慶応大でも、医者の受診率は5割に届かないそうである。

「がん放置療法」については、養老先生は積極的に賛成意見を述べないものの、「60過ぎたら病気なんか治るわけない。病院に行くだけ無駄」「薬は飲まない」等々の発言から、どちらかと言えば近藤先生の考えに近いのではないかと想像される。

 介護に関しても話は及び、介護が大変になる一因は「無理やり食べさせようとする」からだと言う。自力で食べられなくなったら、無理に食べさせない方が、本人にとっても介護する側にとっても幸せだと。近藤先生が講演会のとき、介護に携わるナース百何十人に「あなた方がやっている介護を自分だったら受けたいか」と聞いたら、「受けたい」と言う人はいなかったそうだ。とはいえ、介護する側にとって「食べさせない」という選択肢を取るのはきわめて難しい話であることは想像がつく。難しい問題である。

 また、犬猫に対するワクチン接種は百害あって一利なし、ワクチン接種で毎年何百匹と死んでいるという話は衝撃的で、今後はワクチン接種を控えようと思った(女房をどう説得するかが課題だが)。
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COMMENT

養老先生っちの猫ちゃん

前にテレビで養老先生が猫を可愛がっているのを知りました
なんとなく意外でした o(^ - ^)o
その猫ちゃんは気ままに一緒に住んでいるようでした〜

介護での、食が細くなる問題(年齢にもよります)では
食べられる時に好きな物を食べてもらっていましたよ〜

最初の頃は体力が落ちると不具合が出てくるので心配でしたが
本人が食べたくない時は諦めました
(認知症ではな買ったので意志がはっきりしておりましたので)

でも、認知機能が低下の場合は、その辺が難しいので
(主人の父の経験から)
やはりじっくり食べさてあげるほうが良いのかなと思います〜

両親がなくなってから、自分がその立場だったら
どうなんだろうと思うようになりました

高齢なのに無理に筋力が落ちて寝たきりになるからと
歩かせたり、認知症にならないようにあれこれさせたりは
しなくても良かったのかなと思います

はい、これも年齢によりますが o(^▽^)o キャハハハ
90歳以上ならその範囲かもしれませんがピットママは
きっと少しでも無理なく食べて貰うようにすると思います
(*^ . ^*)エヘッ

ピットママは80歳位の寿命を希望しているのですが
息子が50歳くらい位の年齢だから、可哀想かなと
思ってみたりです (*^ . ^*)エヘッ

No title

ピットママさん

本文でははっきり書きませんでしたが、養老さんと近藤さんの考えは「人間、食べられなくなったら、それは死ぬときだ。そのまま死なせてやりましょう」というものです。

私も食べられなくなったら、自然に任せてほしいのですが、本人がそう割り切ったからといって、介護する側がそう割り切ることができるかどうか。

そこんところが難しいですね。

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