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じっちゃん

Author:じっちゃん
翻訳家。
もとコンピュータ技術者。二足の草鞋で翻訳を始め、定年後フリーランサーに。
【趣味】
①読書:ミステリを中心に時代・歴史小説、歴史や科学などのノンフィクション
②四国遍路(2015年11月結願)
③街道歩き(現在敢行中)
④SNS(ブログ、Facebook、Line)
⑤観劇
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いよいよ結願!?~四国遍路(5回目)計画中~その1

高野山奥の院以外

 お遍路に出かける季節がまたやって来た。予定(4月上旬決行!)まで2カ月を切り、計画を立てはじめている。

 仕事の関係もあるので、1回で八十八カ所すべての札所を回る「通し打ち」ではなく、何回かに分けて回る「区切り打ち」で遍路を行っている。開始したのが2013年の3月で、以来毎年春・秋に実施している。1回あたり約2週間の日程で回り、計4回で結願(けちがん)する予定だったが、台風やらアクシデントやらで途中で断念しなくてはならないことが2回あって、4回では結願できない仕儀とあいなった。

 今度行くのはその5回目。今度こそ「結願」となるはずだったが、思わぬ障害が出てきた。

 今回は最初に打つ65番三角寺(愛媛県四国中央市)を除き、ほぼ香川一国を回り、香川と徳島の県境にある最後の札所88番大窪寺まで行き結願する予定にしていた。しかし、結願してもそこでは遍路は終わらない。

 四国遍路では普通、徳島にある1番札所(霊山寺)から初めて高知、愛媛、香川と回り、88番札所まで行く。すると、四国をぐるっと一周回って円を描くことに・・・・・・ならない。88番と1番の間が欠けているからだ。

 だから、88番を打ち終えた後、そこから1番まで行ってお参り(お礼参りと言う)をする。これで輪っかが完成するわけだが、これでも終わりにはならない。

 さらにここから、お大師様(四国遍路の総元締め、弘法大師空海)が眠る聖地・高野山までお礼参りに行く。お礼参りはせず88番を打っておしまいという人も少なからずいるが、ぼくはお礼参りもするつもりだ。輪っかが欠けてるなんて面白くないし、名高い高野山にも一度は行ってみたい。

 というわけで、輪っかを完成させる計画を完成させた後、高野山行きの計画を練りはじめた。

 徳島にある1番霊山寺から和歌山にある高野山に行くには、主にふたつのルートがある。高速バスを使い淡路島(明石海峡大橋)経由で大阪に出て、そこから電車で高野山に行くルートと、フェリーで和歌山市に渡ってそこから電車で高野山に行くルートだ。

 いずれにしても大阪か和歌山市で1泊して、次の朝高野山に行くことになる。高野山は広く、見どころ満載なので(※)、お礼参りが済んだ後、1日かけて高野山をくまなく見物し、そして夜は由緒ある高野山の宿坊に泊まる----そういう算段である。

※ 冒頭の地図(クリックすると拡大します)は、高野山金剛峯寺の公式サイトからダウンロードした高野山の案内図。これには奥の院が入っておらず、これでも半分強。この中に117もの寺院があり、さらには学校(保育園~大学)、病院、警察署、郵便局、銀行、コンビニエンスストアなども有する一大宗教都市になっている。

 さて、ルートである。大阪で一泊して大阪見物をしたり、串カツを食ったりするのもいいし、まだ行ったことのない和歌山市にも行ってみたい。和歌山には和歌山ラーメンもあるしなあ----などとルンルン気分(←古い!)で比較検討した結果、フェリーで和歌山市に渡る案が勝利を収めた。①大阪には何度も行ったことがあるが和歌山は初めて、②フェリーで海を渡るのも風情がある、③本場で和歌山ラーメンを食べたい----などの理由からである。

 そこで、フェリーの時刻表やら電車の時刻表やらを確認して、細かいルートを確定した。次に検討すべきは高野山でどの宿坊に泊まるかである。何しろ高野山には52もの宿坊があって、料理や風呂、風情、勤行、ロケーションなどそれぞれに特徴がある。選び甲斐があるのだ。遍路を始めたときに買った『全国宿坊ガイド』を見たり、ネットで情報を集めたり、高野山のマップをダウンロードしたりして、検討を開始した。そんな矢先……。

 食事中にテレビを見ていたら、高野山が出てきた。オッと思って見ていると、今年高野山は開創1200年にあたり、それを記念してさまざまなイベント行われるという。「えっ!」である。

・・・・・・と、思いつくままにぐだぐだと書いていたら長くなってきたので、今回はここまでとしたい。
(次回につづく)

遍路途中でブログを一時休止にした理由《わけ》 その②

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 その①で、遍路中に私を襲ったアクシデントの顛末は書きましたので、ここでは、そのアクシデントがなぜブログ一時休止につながったのかを書きましょう。

 スマホの故障という最悪の事態を、地元愛媛の方の「お接待」(※1)で乗り切った私が真っ先に思ったのは、このアクシデントの顛末をブログに書かなきゃということでした。アクシデントで周章狼狽した自分の気持ちと、地元の方の感動的とも言える親切でその事態を乗り切ったことを、みなに伝えて共有しなきゃと思ったのです。

※1 遍路をしていると、地元の方がお茶やお菓子、果物、(ときにはお金)をくれたり、休憩所や無料宿を提供してくれたりしてくれます。これは遍路をお大師様(=弘法大師空海)とみなしてお布施してくれる古くからの習慣で、これを「お接待」と呼びます。

 でも、歩きながらスマホを取り出してブログにアクセスしようとしたとき、私は「待てよ」と思ったのです。「自分は何をしているのだろう?」と。

 いまや、遍路そのものを楽しむことよりも、ブログに記事を書くことが主になってはいないか。そもそも遍路とは、日常を抜け出して非日常の中に入り、ふだんの自分を見つめなおすことではなかったのか。それなのにいまの自分は何だ。非日常どころか、日常をひきずりまくっているではないか。ブログだけではない。食堂やコンビニを探すのにもスマホを使い、道に少し迷っただけでGoogleマップに頼ろうとする。旅の楽しさのひとつは、道に迷うことだというではないか。その楽しみを自ら放棄してしまっているではないか。

「そうだ」と思いました。今回のアクシデントは、スマホに振り回されて遍路に徹しきれないでいる私に対する警告なのではないかと。遍路の体験談を読んでいると、お大師様から警告や励まし、導きを受けたという話がよく出てきます。これがそれではないかと思ったのです。私は宗教的な人間ではまったくありませんが、そのときはその解釈がすとんと胸に落ちたのです。ともあれ、私はそう受け取ることにしました。というわけで……。

 ブログの更新はもうやめよう。スマホの食べログやコンビニマップを使うのはやめよう。Googleマップに頼るのもやめよう。そう決意したのです。

 これが、ブログを一時休止にしたいちばんの理由です。しかし他にもいくつか付随的な理由があります。

 ひとつ目は、スマホをこのまま酷使し続けていると、本当に壊れてしまうのではないかという恐れがあったこと。実は今回のアクシデントの前、スマホを落下させる前から、故障の兆候があったのです。操作中画面が揺れたり、スマホの本体が異常に熱くなったり、ウィジェットやアイコンが勝手に消えたり。

 ふたつ目は、遍路中もブログを更新しようとした、そもそもの目的に無理があったことです。私の当初の目論見は、ブログをリアルタイムに更新して、読者にリアルタイムで読んでいただくというものでした。それに関して、書くほうは、時間と手間を惜しみさえしなければ、リアルタイムで書くことはできますが、読むほうはそうはいきません。当たり前の話ですが、リアルタイムにブログを更新するというアイデアに酔っていた私は気がつかなかったのです。バカですね。

 みっつめは、ブログの更新に結構手間と時間がかかること。遍路の途中で休憩して、ブログを書いていると(あんな他愛のない記事でも)、気づくと30分、1時間と経っていたということがよくありました。手間はともかく(本人が楽しんでるんですから)、時間がかかるのは、それだけ目的地に到達するのが遅くなるので、遍路にとっては大きなマイナスです。

 こうして、ブログの更新をやめて、スマホに頼ることをやめると、正直解放感がありました。コンビニや食堂を見つけるのに苦労するようにもなったし、道にも迷うようになったけれど、その不安感やドキドキ感も確かに旅の楽しみのひとつだと思えるようになりました。やはり、スマホは使うもんであって、スマホに使われてしまってはだめですね。

・・・・・・と、カッコよく締めて終わりたかったところなんですが、懺悔話をひとつ。

 その後も、58番仙遊寺で山を降りる道を間違えたときなど、大きく道に迷ったときは、Googleマップに頼ってしまいましたm(__)m それから、いちばんいけないのは、Lineでの家族とのやり取りはやめられなかったことですorz

【追記】
 遍路から帰ってきてから、スマホを買い換えました。奇しくも遍路から帰る当日にソフトバンクで発売開始した(これもお大師様の導きかと。南無大師遍照金剛……)Xperia Z3です。写真の右側が今回問題となったスマホ、左側がXperiaです。Xperiaの方が旧機種よりひと回り、いやふた回りほど大きいです(#^.^#)

遍路途中でブログを一時休止にした理由《わけ》 その①

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 今回の遍路でブログを一時休業するきっかけとなったアクシデントについて書きます。話が長くなると思いますが、ご用とお急ぎでない方はおつきあいを。

 11月16日(日)10時頃のことです。53番円明寺を打ち終え、そのことをブログに書こうとしてスマホを手にしました。ところが、スマホでブログにアクセスしようとすると、「ネットに接続されていません」といったようなメッセージが出てアクセスできません。スマホの画面を見ると、アンテナが1本も立っておらず「圏外」となっています。これは変です。円明寺は街なかにあるので「圏外」なわけがありません。念のために、妻の携帯に電話をかけてみましたが、つながりません。一縷の望みをかけて電源オフ/オンしてみましたが、状況は変わりません。

 ここで思い当たることがありました。52番太山寺を出るときにスマホを地面に落としてしまったのです。そのときは異常に気づきませんでしたが、それが故障の原因に違いないと思いました。

 これは容易ならぬことになったと思いました。電話ができないのでは、宿の予約や変更ができません(※1)。最近は携帯電話の普及とともに公衆電話もほとんど見かけなくなっており、公衆電話はあてになりません。予約してある帰りの電車の変更も困難です。今になって思えば、パニックになるほどのことではないようにも思えるのですが、そのときは気が動転してプチパニック状態になっていました。

※1:宿は原則として2日前に予約することにしているので、行程中全部の宿を取ってあるわけではありません。また、歩いているうちに、予定がくるい、宿をキャンセルしたり変更したりしなければならないこともよく起きます。

 選択肢は3つありました。①遍路を中断する、②遍路を強行する、③ソフトバンクショップでスマホを修理してもらう…です。③については、そもそもソフトバンクショップを見つけるのが困難ですし、見つかったとしても、原因が原因だけに修理に何日もかかるはずです。すぐに選択肢から外れました。残るは①か②ですが、そのどちらかを検討するよりも何よりも、そのとき強く思ったのは、とにかく妻に連絡を取りたい、取って事情を話したいということでした。妻に話してもどうにもならないはずですが、そのときはとにかく妻に連絡を取りたいという気持ちで頭がいっぱいになっていました。

 しかし、妻に連絡しようにもスマホは使えないので、公衆電話を探さないといけません。地図を見ると近くにファミマがあるので、そこに行くことにしました。ところが、ファミマに着いても、公衆電話は見当たりません。店の人に聞いても「ない」と言うので、事情を話して「店の電話を貸してもらえないか」と頼みましたが、つれなく断られました。

 店を出て、地図を見ながら、まだ正常でない頭で途方に暮れていると、たまたま通りかかった中年の女性(アラフォー?)が声をかけてきました。聞かれるままに事情を話すと「じゃあ、ここで待ってて。今車検を終えた車を引き取りに来たところだから、その車で送ってあげる」と言います。どこへ送ろうとしているのか告げないまま、女性は私を残して通りの向こうへと消えました。

 やがて、その女性は車とともに戻ってきました。私が助手席に乗ると、女性はすぐに車を発進させます。しばらく走ったところで、私はずっと疑問に思っていたことを口にしました。
「あの、どこへ行かれるつもりなんでしょうか?」
 車は広い道を走っています。女性は言います。
「この道沿いに確かソフトバンクがあったと思うんよ」
 その選択肢はすでに捨てていたので、それを女性に告げようとも思いましたが、女性の親切に水を差すのがためらわれて、言い出せません。幸いまだ時間も早い(10時を少し回ったところ)ので、①か②にするにしても、時間はまだあるという気持ちもありました。

 恐れていたように、auやdocomoの店はあるのに、ソフトバンクの店はなかなか出てきません。「もう諦めて最寄りの駅に行きましょう」と言おうかとも思いましたが、思いとどまりました。やはり、時間が早いことと、車という移動能力の高いツールを手にしていることが大きかったと思います。

 そして、やがてソフトバンクの店が見つかりました。女性は私を店の前で降ろすと、「困ったらここに電話して」--名前と携帯電話番号を告げました。K池さんという方でした。お礼を言い、頭を下げる私を残して女性は車で去っていきました。

 店に入って事情を告げると(スマホを落下させたことはナイショで(^_^;))、対応してくれた女性は、もうひとりの女性と相談しながら、ああでもないこうでもないとスマホをいじり始めました。スマホがその場で直るとは思っていない私は、ダメもとで「場所が場所だけに、代わりの携帯電話を貸していただくわけにはいきませんよね?」と聞きましたが、案の定それはできないと言います。後は、一向に進展していない(ように思える)女性の奮闘ぶりをイライラしながら見ているしかありませんでした。

「電源を切ってもいいですか?」と聞いてきたので、「いいですよ。でも、それは何度もやりましたよ」と「そんなので直りっこない」という気持ちを思いっきりにじませて答えました。ところが。

 しばらくして、「一応直ったみたいです」と女性が言い、差し出されたスマホを見るとアンテナが立っています。女性は私のスマホを使って、もうひとりの女性のスマホに電話しました。すると見事につながったのです。

 私はキツネにつままれたような気分でした。しかし、からくりは単純でした。私は通常のやり方で電源オフしただけでしたが、女性は電源ボタンを数秒長押しする強制シャットダウンを行ったのです(恥ずかしながら、その方法は知りませんでした)。それでスマホはよみがえってしまったのです。「助かりました」と言うと、女性陣全員(実はもうひとりいて、全員で3人でした)が笑顔で喜んでくれました。

 時計を見ると、まだ11時前。私は遍路続行を決断し、店の女性にお願いしてタクシーを呼んでもらいました。K池さんに拾ってもらったファミマまで戻って遍路を再開するのです。タクシーを待つ間、女性陣3人はしきりに私に話しかけてくれて、おかげでタクシーを待っている間退屈せずに済みました。

 タクシーが来ました。店の3人はわざわざ店の外にまで見送りに来てくれました。お礼を言いながらタクシーに乗り込む私に3人は「道中ご無事で」と声をかけてくれました。タクシーでファミマに戻る途中でK池さんに電話をかけて、無事スマホが直ったことを伝えました。そのときちょっとK池さんと話がかみ合わず、十分感謝の気持ちを伝えきれなかったのが、今でも心残りです。

 ファミマに戻った私は遍路を再開しました。時に11時12分。1時間強程度のロスで済んだので、挽回は十分可能でした。

 結果として私は最善の選択肢を取ったことになります。すべてK池さん、そしてソフトバンクのみなさんのおかげです。スマホのアクシデントは(当時の)私にとって、パニックになるほどの試練でしたが、そのおかげで、このような温かい親切を受けることができました。求めても得られない貴重な体験であり、まさに「災い転じて福となす」とはこのことです。

※話が長くなってしまって力も尽きてきたので、今回はここまでとして、ブログを一時休止にした理由《わけ》については次回ということにさせてください。
※写真は52番太山寺です。本当は53番円明寺の写真を載せたかったのですが、アクシデントのおかげで、1枚も写真を撮っていないのです。

<つづく>

四国遍路(区切り打ちその④)から帰ってまいりました

 昨日、13日間(11/9~21)の四国遍路(区切り打ちその④)から帰ってまいりました。

 地図上の総距離255.4キロ(※1)、総歩数472,486歩(※2)、打った札所数21(44番~64番)。愛媛県の西予市から新居浜市まで、ほぼ愛媛一国(写真の④、矢印で示す部分)を歩きました(※3)。

※1 遍路地図の距離による。純遍路部分のみであり、自宅との往復、観光部分は含まない。
※2 活動量計(万歩計の進化版)による。自宅との往復、観光部分も含む。
※3 これらの数字は速報値です。記録をまとめてから、改めて確定値をご報告します(GDPの発表みたいですね(^^ゞ)。

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(写真をクリックすると拡大します)

 天候にも恵まれ(雨がほとんど降らなかったのは4回目にして初めて)、若干の変更はあったものの、ほぼ予定どおり歩くことができました。

 当初、遍路の模様をほぼリアルタイムでブログに投稿するという試みを行っておりましたが、遍路中の11/16にアクシデントがあり、それを契機にその試みを断念するに至りました。そのへんのいきさつは後ほどご報告したいと思います。

 それはともかくとして、ブログでツイッター的に行動を報告するというのは、そもそも無理がありますね。書く方はよくても(?)、読む方がついてこれません(^^;

 お騒がせしたことをお詫びいたします。また、にもかかわらず、遍路中さまざまな応援メッセージをいただいたことにお礼を申し上げます。

 とりあえずご報告まで。詳しい報告(不要?(^_^;))は後日。

遍路中一時休業のお知らせ

 いまさらですが、遍路が終わる来週の金曜日まで当ブログの更新をお休みします。

 今日遍路先でちょっとしたトラブルがあって、それは最初(僕にとって)深刻なものでしたが、結果として深刻なものにはならなかったし、感動的な面すらあったのですが、お遍路として考えさせられるものがあって、その結果お遍路中はブログの更新をお休みした方がいいかなと考えた次第です。

 どんなトラブルがあって何をどう考えたかは、帰ってからご報告します。

 対人的なトラブルとか、嫌なたぐいのトラブルではないので、ご安心を。
 

52番太山寺を打つ



 国宝の本堂。1305年、鎌倉時代の建立。どのあたりが国宝なのかは分からないが、古さと風格は感じられる。

遍路8日目(2014/11/16)



 今日は松山市内のふたつの霊場(52番太山寺と53番円明寺)を打った後、旧北条市(※)へと向かい、そこで泊。地図上の距離で22キロ強。比較的軽めだ。

※ 2005年に松山市と合併。同じ年に静岡市(=わが生まれ故郷)と合併した旧清水市と立場が似てるかな?

 旧北条市では今回初めて海岸に出る。瀬戸内で最も美しい海岸と言われているので、その景色を楽しみながらのんびり行こう。出発は6時の予定。

 となると、週間天気予報でずっと雨だった天気が心配だが、今朝の予報ではくもりときどき晴れになっている。何とか持ってくれるといいのだが。

 今日打つ太山寺は本堂が国宝、円明寺はキリシタン灯籠が有名。それも楽しみだ。

 そうそう忘れるところだった。冒頭の写真は今日の遍路とは何の関係もない。昨日道後プリンスホテルの前を通り過ぎるときに見かけたヘンな建物。何に見えますか?

 ついでにもうひとつ。実は昨日靴下に穴があいてしまった(※)。その代わりを仕入れなければいけないが、特殊な靴下だけに置いてある店があるかどうか。
 
※ 下りがきつかったからなあ。靴と靴下が悲鳴をあげてるって感じがしたもの。

道後温泉にて

 今日の泊まりは道後温泉。



 夜の道後温泉本館。さすがの貫禄。



 まさにせんちひの世界。しかし、ここまで来て中には入らなかった(^o^;)



 温泉街で名物の濡れおかきを買って食べ歩き。七味マヨネーズ味。

 

 道後温泉駅。



 今日の夕食。本命の道後麦酒館に行ったら満席で入れず、近くにあるコロッケが美味しいという店でラーメンとコロッケのセット。論評は控える。



 今日の宿ビジネスホテルさくら。もとラブホとのことだが、その面影はまったく感じられない。道後温泉本館には近いし、Wi-Fiも使える設備の整ったいいビジホだ。ただ残念なのは階上にコインランドリーがあって、洗濯機の回る音がモロに聞こえること。寝られるかな~? 多分、大丈夫(笑)

遍路7日目終了

 今日の歩行距離33.0キロ(歩数440,69歩)。

 松山市にある6つの霊場(46番~51番)を打った。まさに霊場のはしご。

 そのなかで道後温泉に近く、霊場の中でも1、2位の人気を誇る石手寺を紹介する。



 石手寺の本堂。石手寺はちょっと変わったところがあることで有名だが、この本堂からして変な匂いがし始めている。あの真ん中ににゅっと立っている金色のサボテンのようなものは何だ?



 本堂の脇にある妙にエスニックなものたち。もはや仏教ですらない気が。



 その奥にある説明がつかないものたち。



 宝船のようなもの。「家内安全」「○○高校合格」などの願いごとが書かれた紙製の帆(?)がいっぱい船体に刺されている。

 最後に最も変なもの。



 石手寺の門前で売っている名物の焼き餅を買って食べた(自画撮りは難しい)。餅は直径2.5センチ位の丸くて平べったいもので、中に餡が入っている。白餅とよもぎ餅のセットで140円。大変美味でした。

これも遍路道

まじ!?!



 50番繁多寺へ向かう途中で。これはさすがに初めてのケースだ。
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