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じっちゃん

Author:じっちゃん
翻訳家。
もとコンピュータ技術者。二足の草鞋で翻訳を始め、定年後フリーランサーに。
【趣味】
①読書:ミステリを中心に時代・歴史小説、歴史や科学などのノンフィクション
②四国遍路(2015年11月結願)
③街道歩き(現在敢行中)
④SNS(ブログ、Facebook、Line)
⑤観劇
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人生の知恵が詰まっている・・・かな?~『ラ・ロシュフコー箴言集』



 名著中の名著である。岩波文庫版の表紙にも「フランス・モラリスト文学の最高峰」という最大の賛辞が書かれている。

 人生の指針のようなものが得られるのではないか、あるいは何かの折に「ロシュフコーはこう言っている・・・・・・」など言って箴言のなかから気の利いた言葉を引用したらカッコイイのではないか、そんな思惑で読みはじめた。

 確かに、気の利いた言葉もある。たとえば……

「われわれは希望に従って約束し、怖気に従って約束を果たす」
「人間は何かに動かされているときでも自分で動いていると思うことが多い」
「人は決して自分で思うほど幸福でも不幸でもない」
「ほんとうの恋は幽霊と同じで、誰もがその話をするが見た人はほとんどいない」
「誰も彼もが自分の記憶力を慨嘆し、誰一人として自分の判断力を慨嘆しない」

「なるほど」と思う(特に最後のやつはいい)。しかし、それ以上でも以下でもない。感心するというほどでもなければ、心に沁みてくるわけでもない。しかも、この「なるほど」というレベルでも10にひとつくらいの確率である。

 その逆に出来の悪いものならたくさんある。そんなの言われなくてもわかってるよとか、だから何?とか、意味わかんないというレベルのものが。例をあげよう。

「どうやらわれわれの行為には吉、凶の星がついていて、人がわれわれの行為に寄せる称賛や非難の大部分は、その星のおかげであるらしい」
「女を愛せば愛すほど憎むのと紙一重になる」
「誉める非難があり、くさす賛辞がある」
「偉大な素質を持つだけでは充分でない。それを活かす術が必要である」
「人が恋について話すのを聞かなかったら、決して恋などしなかっただろうと思われる連中がいる」
「われわれの改悛は、犯した罪に対する悔であるよりも、むしろその悪の報いとして身に及ぶかもしれない悪に対する恐れである」
「大部分の人は羽振りや地位によってしか人間を判断しない」

 これくらいでいいだろう。読むほうの理解力、洞察力が不足しているのかもしれないが、こういうのがずらっと続くと、読み続けるのがつらくなってしまう。というわけで、500余ある(本編のみ)箴言のうち230ほど読んだところで読むのをやめてしまった。

 これが「フランス・モラリスト文学の最高峰」というのなら、フランスも大したことない。わが国の「徒然草」あたりのほうがはるかに上だ……と憎まれ口をきいておく。

風太郎節を満喫~『白波五人帖』



 天下の大盗賊日本左衛門(歌舞伎では日本駄右衛門)ほか白波五人男それぞれが主役を演ずる5つの短編からなる連作短編集。久々の山田風太郎だが、風太郎節を大いに満喫できた。

 お話しは日本左衛門が京都町奉行所に自首してくるところから始まる。お上が手を焼いていた日本左衛門がなぜ自から自首してきたのか・・・物語はその謎を中心に展開する。その謎に宝暦治水事件(※)が絡んで、物語は驚天動地の展開を見せる。

※ 江戸時代中期に起きた事件。幕命によって施工された木曽三川(木曽川・長良川・揖斐川)の治水事業(宝暦治水)の過程で、工事中に薩摩藩士51名自害、33名が病死し、工事完了後に薩摩藩総指揮の家老平田靱負も自害した。(Wikipediaより)

 日本左衛門が京都町奉行所に自首したのは史実だが、それに宝暦治水事件が絡むというのはまったくの虚構。日本左衛門は延享4年(1747年)に死んでいるが、宝暦治水事件が起きたのは宝暦4年(1754年)だからだ。このように、山田風太郎は史実と虚構を織り合わせ、想像の翼を思い切り広げて、超オモシロ物語に仕上げている。それは他の4作も同様だ。それにしても、よくもまあこんなことを考えつくものだ。作者の想像力には、毎度のことながら、感嘆を通り越して呆れてしまう。

 エログロが特徴でもある風太郎作品だが、エロの部分は抑え気味なものの、グロなシーンはそれなりにあるので、そういうのが嫌いな向きは要注意。そんななかで、男女の純愛あり、夫婦愛あり、兄弟愛あり、友情あり、忠義ありで、ほろりとさせるシーンもあって、読ませる読ませる。ああ、やっぱり、風太郎は天才だ。

関所が生む波乱万丈の物語~『水鳥の関』



 本作の舞台は東海道は新居の宿。と書くと、ははんと思われる方もおられるかもしれないが、そのとおり。先だって東海道歩きで新居宿を通過するのにあやかって、旅先で読む本としてチョイスしたもの。

 内容に触れる前に、そのときの失敗談をひとつ。

 本書は上下2巻の構成なのだが、荷物が増えるのを嫌って(※)上巻だけを持っていった。ところが、往きの車中で読み出したら、面白いのなんの、ページを繰る手が止まらなくなり、その日のうちに読み終わってしまった。

※ 歩き旅では荷物の重さを極限まで減らすのが重要。グラム単位とまでは言わないまでも、数10グラム単位で荷物を調整する。文庫本は1冊200グラムくらいあるからねえ。

 下巻は旅先で買えばよいと思っていたのだが、宿泊先の藤枝ではどの書店に行ってもこの本を置いていない。それもそのはず、後からわかったことだが、これだけの傑作がなんと絶版になっており、古書でしか手に入らない状態になっていたのだ。結局下巻を入手し読むことができたのは東京に帰ってからだった。

 さて前置きはこれくらいにして肝心の中身の話に入ろう。

 主人公は新居宿の本陣の娘。娘と言っても、一度吉田藩の家臣である侍の家に嫁ぎ、夫と死別後実家に戻ってきた出戻りである。

 死別した夫との間には男の子があるが、婚家から会うことを禁じられている。唯一の救いは、夫の弟が何くれとなく気づかってくれ、いつか息子に合わせると約束してくれていること。やがて、その義弟が約束を果たす日が来る。渋る両親を説得して、主人公を家へと招き、息子との対面を実現してくれたのだ。そして、そこから物語は怒涛の展開へと突入する。

 その展開のなかで重要な役割を果たすのが、ほかでもない新居の関。関所を通るには通行手形が必要だが、その手形はおいそれとは出ないし、出るにしても時間がかかる。そのことが主人公の運命を大きく左右することになる。

 燃えるような恋あり、純愛あり、三角関係(それも二重の)あり、はらはらどきどきのサスペンスあり、謎あり、復讐劇あり、陰謀あり、人情劇あり、感動ありで、もうてんこ盛り。解説によれば、著者の平岩弓枝は希代のストーリーテラーとして定評があるらしいが、その実力が本書でもいかんなく発揮されている。

 ひとつ難があるとすれば、物語を作りすぎていること。偶然の巡りあわせが多すぎるし、ここぞというときに正義の味方がタイミングよく現れる。しかし、文章に品があってリアリスティックなので、読者の感じる不自然さは最小限に抑えられる。それよりも何よりも物語が面白いので、あまり気にならない。

 もうひとつの魅力は、宿場の本陣というもののありようが丁寧に描かれていること。大名がどのようにして本陣を確保するか、本陣の人たちは大名をどのように迎えどのように送り出すか、献立はどのように考えどのように整えるのか、天候が荒れて渡し場が閉鎖されたときはどう対応するのか、本陣以外の旅籠との関係はどうかなどが、その目でみたかのようにありありと活写される。

 そして何よりもかによりも、運命に翻弄される娘を優しく見守る父親の姿に心を打たれた。何があっても娘を信頼し、支え、ときには導き、ときには諭す姿がもう素敵すぎる。自分もこんな父親になれればと思うが、まあそれはないものねだりでしょうな。

 最後に向かって広げた風呂敷が畳まれていき、すべてがしかるべきところに収まるとともに、『水鳥の関』というタイトルの意味がわかる結末も見事だ。

 平岩弓枝のほかの作品も読みたくなった。

東海道を行く⑦(府中~二川)【準備編】

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 どうも「歩き」中毒になってしまったようで、四国遍路結願の興奮も冷めやらぬなか(⇒ウソ。もともとあまり興奮してなかった(^^;)、早くも「歩き」への衝動が抑えられなくなり、来年春にと思っていた東海道ウォークの7回目を今週末から敢行することにした。

 前回わが実家のある府中宿(静岡市)で終わったので、今回は府中から始めて静岡県の残り全部を歩いてしまおうと思う。日程は12/4(金)~12/9(水)の5泊6日。ざっと次のような予定を立てた。

(1日目)新幹線は使わず、在来線で東京から静岡へ。(19)府中、(20)丸子、(21)岡部と歩き、藤枝までバスで行って泊。目玉は安倍川餅、東海道で最も風情があると評判の宇津ノ谷峠、岡部宿大旅籠柏屋。歩行距離(地図上。以下同じ):約15km。

(2日目)藤枝で朝ラーを楽しんだ後岡部までバスで戻り、(22)藤枝、(23)島田。島田泊。目玉は藤枝の朝ラー、世界最長の木造橋蓬莱橋。歩行距離:約23km。

(3日目)(24)金谷、(25)日坂、(26)掛川。掛川泊。目玉は大井川(川越遺跡)、牧之原(茶畑)、小夜の中山、掛川城。歩行距離:約21km。

(4日目)(27)袋井、(28)見付。磐田泊。目玉は東海道ど真ん中通過、旧見付学校、遠江国分寺跡。歩行距離:約27km。

(5日目)(29)浜松、(30)舞坂、(31)新居。JRで浜松へ戻って浜松泊。目玉は、天竜川、浜名湖、新居関所跡、出世大名家康くん、浜松餃子、浜名湖の鰻。歩行距離:約26km。

(6日目)(32)白須賀(ここまで静岡県)、(33)二川(ここから愛知県)。二川駅から東海道本線で豊橋駅に出て、新幹線で東京へと戻る。目玉は白須賀の潮見坂、二川の本陣資料館。歩行距離:約16km。

 静岡県内の東海道を歩くときとても便利なマップを静岡県文化・観光部が用意してくれている。冒頭の写真はそのうちの「府中宿」編(※1)。歩くコースのみならず、見どころや歩くときのポイントもコンパクトにまとめられている。他県も類似のものを用意してくれている(※2)が、この静岡県のものがデザイン性も含めて最も秀逸なように思う。入手先はここ

※1 わが実家はこの地図の真ん中上方「駿府城跡」のちょっと北。
※2 唯一愛知県だけが東海道マップ的なものを用意していない(私が探したかぎりだが)。だめじゃにゃあきゃ、愛知。


 今回もFacebookでは毎日1、2回進行状況をレポートしますので、ごひいきのほどを。

読書への愛に満ちた傑作ギャグ漫画~『バーナード嬢曰く。②』



 ぼくが今いちばんはまっている漫画。その第2巻を読んだ。

 学校の図書室を舞台に、読書を、読書だけをネタにしたギャグ漫画。そんなの、世界広しといえども、この作品だけだろう。

「バーナード嬢」というのは、この作品の主人公の町田さわ子のこと。バーナード・ショーに憧れて、周囲にそう呼ぶことを求めている。本をたいして読みもしないのに、周囲から熱心な読者家でインテリから見られようとして、あの手この手を考える。それを本物の読書家の友人たちがツッコむ、ないしは呆れるというのがストーリーの骨子。

 ツッコミ役の友人は、いかにも優等生という遠藤君、その遠藤君にひそかに憧れる図書委員の長谷川さん、SFオタクの神林しおりの3人。登場人物は町田さわ子を含めてこの4人だけである。この4人の性格造形が素晴らしいのがこの作品の成功の最大の要因のひとつ。なかでもいいのは、しったかぶりでいい加減で、いつも読んだことのない本を読んだことにする言い訳ばかりを考えていて、それでいてときには正論を吐く読書スノッブの町田さわ子と、一見クールに見えながら、読書やSFについて語り出したら止まらなくなる熱い読書家の神林しおり。

 この4人が繰り広げる本や読書に関する会話は、読書に関するあるあるネタも満載で、それだけでも読書家は楽しめるし、町田さわ子をボケ、他の3人をツッコミにしたギャグのキレもよい。

 ここで本書の面白さをわかっていただくためにギャグの具体例を提示しようと思ったが、この本の一部だけを切り出しても、この本の魅力は伝えられないことに気づいた。だから、少しでも興味を覚えた方はぜひ手に取って読んでいただきたいと言うしかない。書物や読書に関するあるあるネタも満載で、本好きの方にはきっと楽しめるはずである。

 ぼく自身、この本は「近来稀に見る傑作」であり、この本に出会えたことを幸せに思っている。

結願しました



 11/8(日)から第5回四国遍路を敢行、13日目の11/20(金)に無事戻ってまいりました。定年退職後の2013年3月から開始した四国遍路も、今回をもちまして見事(!)完結とあいなりました。(冒頭の写真は完結したマイ四国遍路地図)

 遍路から戻ったら詳しいレポを書くつもりでいたのですが、今はそれだけの気力体力がないので、まずはごく簡単に概要を書いて、(その気があれば)おいおいつけ加えていく形を取りたいと思います。


(冒頭の写真のうち、今回回ったところだけを拡大したもの)

 初日の11/8(日)は新幹線で東京から岡山へと移動。そこからローカル線で児島へと移動してプチ観光を楽しんだ後、特急しおかぜで新居浜へ。

 翌11/9(月)より、前回遍路を中断した新居浜から遍路を再開。以後11/15(日)までに、新居浜市、四国中央市(ここまで愛媛県)、三好市(徳島県)、観音寺市(ここから香川県)、三豊市、善通寺市、多度津町、丸亀市、宇多津町、坂出市、高松市、さぬき市と回り、この間65番三角寺(四国中央市)を皮切りに、85番八栗寺(高松市)までの21札所を打った。

 そして迎える11/16(月)、結願の日。さぬき市にある86番志度寺、87番長尾寺を打ち、いよいよ結願の道へ。途中前山ダムほとりにある前山おへんろ交流サロンに寄り、遍路修了証(四国八十八ヶ所遍路大使任命書)をもらう。

 ここから88番に向かうには4つのコースがあるが、そのなかで最も短くて、最も時間がかかり、最も大変で、最も人気がある女体山越えのコースを選ぶ。このコースは女体山山頂近くの難所が有名である。

 それは聞きしにまさる難所であった。大きな岩がごろごろと並んでいて、まるでロッククライミング場。いや「まるで」はいらない。四つん這いになって岩にしがみつきながら、両手両足を使いながら登っていかないといけない。まさにロッククライミングである。これが雨の日だったらとぞっとする。



 それを登りきると女体山山頂。そこでは素晴らしい景色が待っていた。高松を含む東香川を一望する雄大な景色。山頂で一緒になった子ども連れのハイカー(男性)の話では香川でも有数の絶景だそうだ。 



 さて、女体山を下りればいよいよ88番大窪寺である。高名の木登りの故事にならい、最後になって転倒して怪我し「九仞の功を一簣に虧く」ような真似にならないよう慎重なうえにも慎重を重ねて山を下りていった。

 そうしてたどり着いた大窪寺は紅葉が真っ盛りだった。ことに二天門近くの紅葉は見事。そんな紅葉を眺めながら、最後のお参りを済ませた。



 こうして結願を果たしたのだが、案の定と言うか予想どおりと言うか、達成感のようなものはほとんどない。「あ、終わったか」てなもん。まあ、こんなもんなんでしょうね。

「簡潔に」と言いながら、悪い癖で文章が長くなってしまったので、残りはほんとうに簡潔に。

 結願してもそれでは遍路は終わらない。遍路の輪をつなげて完成させる作業が残っている。88番大窪寺から1番霊山寺まで歩いて輪っかを完成させるとともに、1番にお礼参りをする。さらには、和歌山まで足を伸ばして、弘法大師のお住まいになる聖地高野山へもお礼参りする。1番へのお礼参りに2日、高野山へのお礼参りに2日かけて、ようやくマイ四国遍路は完了となった。

 最後の写真は、最初から最後まで四国遍路を共にしたリュックとチェストバッグ。長いことご苦労様でした。今度はどこに出かけようか。



※今回はとにかく天候がよくなかった。13日中5日が雨で、5日が曇り、晴れたのは3日だけ。1日中すっきりと晴れたのは1日だけだった。しかしそれが結願の日だったというのは幸運だった。

【付録:四国遍路の総まとめ】
①2013/3/24~4/3(11日間、うち遍路10日間)
 ・1番霊山寺~23番薬王寺
 (鳴門市板東駅→室戸市佐喜浜町ロッジおざき)
 ・249.5km/383,901歩
 ※計画では4/7日までの15日間で高知市まで行く予定だったが、足首の痛みが激しくなり腫れてもきたので、途中で断念。

②2013/10/13~10/23(11日間、うち遍路9日間)
 ・24番最御崎寺~37番岩本寺
 (室戸市佐喜浜町ロッジおざき→四万十町窪川駅)
 ・239.4km/368,308歩
 ※計画では10/26日までの14日間で四万十市中村駅まで行く予定だったが、天候不順のため前途断念。

③2014/3/22~4/4(14日間、うち遍路11日間)
 ・38番金剛福寺~43番明石寺
 (四万十町窪川駅→西予市宇和町卯之町駅)
 ・259.2km/398,769歩
 ※初めて計画通りに消化。3/25は丸一日四万十川の観光(サイクリング)に当てた。

④2014/11/9~11/21(13日間、うち遍路11日間)
 ・44番大寶寺~64番前神寺
 (西予市宇和町卯之町駅→新居浜市新居浜駅)
 ・277.3km/426,680歩
 ※計画通りに消化。

⑤2015/11/8~11/20(13日間、うち遍路10日間《高野山参りは除外》)
・65番三角寺~88番大窪寺~1番霊山寺~高野山奥之院
 (新居浜市新居浜駅→高松自動車道鳴門西バス停→大阪難波→高野山)
・275.6km/424,012歩

◆総 計◆
 ・所要日数(実質的に遍路した日のみ): 51日
 ・歩行距離/歩行数: 1,301km/2,001,670歩

(注)
④と⑤の間に幻の5回目(2015/4/2~4/9で計画)があった。尾道まで新幹線で行って尾道で一泊、2日目に自転車でしまなみ海道を渡って四国に入り、四国遍路を開始するという計画だったのだが、初日(在尾道)の夕方から大雨が降りはじめ、翌日も雨。しまなみ海道サイクリングがふいになっただけでなく、その週ずっと天気予報がよくないという状況に前途を断念。予定をすべてキャンセルし、2日目に帰京してしまった。

四国遍路⑤ 行ってまいります。

 今日(11月8日)から(20日まで)四国遍路に出かけます。
 
「お遍路中は、これまでとおり、敢行中の様子を随時本ブログにてレポートする(FacebookとLineにもシェアする)予定」などと書きましたが、お遍路に専念するため、それはやめることにしました。(ただし夜、宿で寝る前に状況報告することはあるかもしれません。)

それでは、行ってまいります。

四国遍路⑤ 明日から四国遍路に出かけます

 

 すでに予告しているとおり、明日11月8日から20日まで13日間の日程で、5回目にして最後の四国遍路に出かけます。

 

 繰り返しになりますが、今回は愛媛県の東端・四国中央市の65番三角寺を打ち初めに、そこから香川県へと突入、香川県の22の札所を打った後、最後の札所88番大窪寺を打ってめでたく結願となります。その後1番札所の霊山寺、さらには大師さまがいらっしゃる和歌山県の高野山へとお礼参りに行き、それで四国遍路は完結。東京へと戻ります。最後だけに何らかの感慨ありやいなや?

 

 お遍路中は、これまでとおり、敢行中の様子を随時本ブログにてレポートする(FacebookとLineにもシェアする)予定(挫折するかも(^^;)。1日数回、ときには10回以上に及ぶこともあるかもしれませんので、「うるさい!」と思った方はスルーしていただいて結構です。でもでも。もしお差し支えなければ、愛の心をもって、拍手、「いいね」、そしてときおりコメントなどしていただけると、大変励みになりますm(_ _)m

 

【おまけ】

20141113105213057.jpg(4回目(去年の11月)のときのお遍路の様子です)

四国遍路⑤予告編

IMG_20141122_034602_756_convert_20141122040755.jpg
(クリックすると拡大します)

 来週の日曜日(11月8日)からまた四国遍路に出かける。

 四国遍路は、定年退職翌年の2013年3月から始めた。本来であれば、八十八ある札所を1回ですべて回りたい(これを「通し打ち」と言う)ところだが、それには通常1ヵ月半ほどかかる(1周1200キロ弱)。仕事もあるので、それは難しい。そこで、何回かに分けて回る「区切り打ち」という方法を選択し、毎年春・秋の2回、1回あたり2週間弱の日程で回っている。

 当初は4回で結願(けちがん)する予定だったが、台風やらアクシデントやらで途中断念しなくてはならないことが2回あってそれはかなわず、5回目の今回でようやく結願となる。実は、途中断念した今年の春もいれれば6回目なのだが、あのときは尾道に着いたところで天候不順のため前途を断念し、四国に一歩も足を踏み入れていないので、勘定には入れられない。よって今回が実質5回目となる。(過去4回で回ったところは、冒頭の写真に示してある)

 今回は愛媛県の東端・四国中央市(新居浜があるころ)から歩き始め、最初に65番三角寺を打ち、そこから香川県へと突入、徳島との県境にある66番雲辺寺を打ち、さらに巡礼を続けて最後の札所88番大窪寺でめでたく結願となる。しかし遍路はそこでは終わらない。

 四国遍路は普通、徳島にある1番札所(霊山寺)から初めて高知、愛媛、香川と回り、88番札所で結願となるのだが、そこで終えてしまうと、88番と1番の間は歩かないことになる。つまり、輪っかが完成しない。だからお遍路さんの多くは、88番から1番へと回って輪っかを完成させる。1番をもう1度打つことを「お礼参り」と言う。

 だがだが、お遍路さんは貪欲だ。そこでも遍路を終えない。1番から四国を出て和歌山へと渡る。和歌山には何があるか? そう、四国遍路の創始者にして総元締め弘法大師が眠る聖地・高野山だ。高野山へお礼参りしてようやく四国遍路は完成となる。

 もっとも、88番でやめてしまう人もいれば、1番までは行くが高野山へは行かないという人もいる。しかしぼくは欲張りなので、フルスペックで行く。しかも88番から直接1番へ行くのではなく、3番に出て3→2→1と逆打ちで回る。遍路を始めたころを思い出して少しばかり感慨にふけりたいからだ(3番ではなく10番に出て10→9→……→1と回る人もいる)。

 11月8日に東京を出発して、16日に88番を打ち終え、1日置いて18日に1番をお礼参り。そこから大阪を経て高野山へと向かう。19日に高野山をお参りし、高野山の宿坊に一泊した後、翌20日に東京へと戻ってくる。全部で13日の行程であり、四国内を歩く10日間で地図上の距離にして約240キロを歩く。

 旅行ではその土地土地の食べ物を食べるのが楽しみのひとつだが、今回は行程のほとんどが香川県。となると、もう言うまでもあるまい。讃岐うどんを死ぬほど食べてこようと思う。

東海道を行く⑥(2/2)-10e その後

 今回の東海道ウォークの終着点札の辻を後にして実家へと向かう。途中、家康の隠居城駿府城を抜ける。

 天守閣その他の建造物は残っておらず、石垣と堀が残るのみ。跡地は広大な公園になっている。

 上の写真は公園内部。

 公園の中には家康の銅像が建っている。

 公園を抜ければ、実家は近い。

 わが母校(高校)。実家から歩いて数十秒の距離。だからよく遅刻した(笑)

 今回の東海道ウォークの話はこれでおしまい。そうそう、最後に歩行数を書いておこう。

 初日:27,778歩(約18キロ)

 2日目:39,930歩(約24キロ)

 

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